札幌高等裁判所 平成7年(ネ)13号 判決 1997年9月04日
控訴人
小野寺進一
外六名
右七名訴訟代理人弁護士
前田健三
同
上条貞夫
同
三津橋彬
同
佐藤太勝
同
今重一
同
佐藤哲之
同
長野順一
同
佐藤博文
同
渡辺達生
同
大賀浩一
被控訴人
函館信用金庫
右代表者代表理事
森迪康
右訴訟代理人弁護士
小村修平
同
佐藤憲一
同
安西愈
同
井上克樹
同
外井浩志
同
込田晶代
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人らに対し、控訴人らの別紙「月別請求額一覧表」の各月の「請求額」欄記載の各金員及び別紙「未払賃金(追加)計算表」の各月の「不払残手額」欄記載の各金員並びに右「請求額」欄及び右「不払残手額」欄記載の各金員に対するこれに対応する月の翌月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被控訴人は、控訴人らに対し、控訴人らの別紙「月別請求額(追加)一覧表」の各月の「請求額」欄記載の各金員及びこれに対するこれに対応する月の翌月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
四 控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
六 この判決は、主文第二項及び第三項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人らに対し、控訴人らの別紙「月別請求額一覧表」(以下「一覧表」という。)の各月の「請求額」欄記載の各金員及び別紙「未払賃金(追加)計算表」(以下「計算表」という。)の各月の「不払残手額」欄記載の各金員並びに右「請求額」欄及び右「不払残手額」欄記載の各金員に対するこれに対応する月の二二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人は、控訴人らに対し、控訴人らの別紙「月別請求額(追加)一覧表」(以下「追加一覧表」という。)の各月の「請求額」欄記載の金員及びこれに対するこれに対応する月の二二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え(当審において拡張した請求)。
4 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
5 仮執行の宣言。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴人らが当審で拡張した請求を棄却する。
3 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 控訴人らの請求原因
1 当事者
被控訴人は、信用金庫法に基づいて設立された信用金庫であり、控訴人らは、いずれも被控訴人の従業員であり、かつ、被控訴人の従業員で組織する函館信用金庫従業員組合(以下「組合」という。)の組合員である。
2 就業規則の変更
被控訴人は、休日及び就業時間について、就業規則を次のとおり変更し(以下この変更を「本件変更」といい、変更前の就業規則を「旧就業規則」、変更後の就業規則を「新就業規則」という。)、平成元年二月一日、新就業規則を実施した。
(一) 旧就業規則
(休日)(1) 日曜日
(2) 国民の祝日
(3) その他金庫において特に指定する日
(勤務時間)(1) 月曜日から金曜日午前八時五〇分から午後五時
(2) 土曜日 午前八時五〇分から午後二時
(二) 新就業規則
(休日)(1) 日曜日
(2) 土曜日
(3) 国民の祝日に関する法律で定める日
(4) 一月二日及び三日
(5) その他金庫が特に指定する日
(就業時間)午前八時四五分から午後五時二〇分
3 変更手続の違法による新就業規則の無効
本件変更の経過は次のとおりで、その変更手続は、労働基準法(以下「労基法」という。)二条一項及び九〇条一項に違反しており、本件変更は無効である。
(一) 組合は、本件変更当時、被控訴人の従業員のうち組合員資格を有する者の過半数で組織された多数組合であった。
(二) 昭和六三年一〇月、金融機関において昭和六四年(平成元年)二月一日から完全週休二日制を実施することを内容とする銀行法施行令及び信用金庫法施行令(以下「政令」という。)の改正がされた。
(三) 組合は、被控訴人に対し、昭和六三年一一月一〇日、いわゆる年末臨給(ボーナス)及び年末年始の完全休業の要求書を提出した際に、併せて、完全週休二日制実施に伴い平日の所定労働時間を延長しないように要求し、同月一七日正午までに回答するよう求めた。
(四) 被控訴人と組合との間で、同月一五日、団体交渉が行われたが、中心議題はいわゆる年末臨給等の問題であり、右(三)記載の組合の要求について、被控訴人から、基本的な考え方として平日の所定労働時間の延長を検討している旨の発言があったのみで、就業規則の変更あるいは所定労働時間の延長に関する具体的な提案や説明はなかった。
(五) 被控訴人は、組合に対し、同月一七日、平日の所定労働時間の延長を内容とする就業規則の変更について現在検討中であり、就業規則の変更にあたっては、組合から意見を聴くことになるので、前期(三)記載の組合の要求については、後日正式回答する旨の回答書を交付したが、就業規則変更の具体的内容は提示しなかった。
(六) 被控訴人は、組合に対し、同年一二月二二日、前記2(二)記載の内容の就業規則の改定案を示し、新就業規則を昭和六四年二月一日から実施する予定である旨通知した。
右の改定案は、就業規則の条文の配列自体をも変更する全面的改定案であったにもかかわらず、条文の対照表は添付されておらず、また、改定の理由を説明する書面も添付されていなかった。さらに、右改定案では、別の規定に委任する事項が少なくなかったが、別の規定の基本的な内容も明らかにされなかった。
右のような改定案の提示であったことに加え、右提示は年末を控えた金融機関の一番の繁忙期にされたものであるから、組合において、被控訴人から改定内容についての相当の説明を受けた上で、十分に検討する期間が必要であるにもかかわらず、被控訴人は、一方的に組合に対し、昭和六四年一月二〇日までに意見書により回答するよう求めた。
(七) 旧就業規則には、就業規則の改正に際しては「従業員を代表する者の意見を尊重して行うものとする」旨の規定(七条)があり、右規定に則って、被控訴人の方から説明及び協議の機会を設けるという労使慣行が従来から存在していた。加えて、今回の完全週休二日制に先行する、昭和五八年八月からの第二土曜日休日制(以下、土曜日を休日とすることを「土休」ということがある。)及び昭和六一年八月からの第三土曜日休日制の実施の際には、就業規則の改定手続を伴うものではなかったが、労使双方とも平日の所定労働時間を延長せずに土休を実施することで一致し、円満に実施していた。
したがって、組合としては、当然に被控訴人から就業規則の改定案についての説明がされ、その後右説明を受けて労使合意を目指す団体交渉が重ねられることになると考えており、右説明及び団体交渉が一切行われることなく就業規則改定が強行されるとは考えていなかった。
そこで、組合は、被控訴人に対し、平成元年一月二〇日、就業規則の全面改定の意義や根拠が不明であり、条文に疑問点が多いため、組合として意見を述べるだけの前提がなく、さらに、労働条件の不利益変更部分があるので形式的に意見だけを述べるわけにはいかず、被控訴人からの説明を求めたいので、意見書での回答は差し控える旨記載した回答書を提出した。
(八) 被控訴人は、右回答書を無視して、組合に対し、同月二七日、「就業規則変更に伴う『函館労働基準監督署』への届出手続について」と題する書面を交付し、就業規則の改定案の要点のみを説明し、函館労働基準監督署(以下「労基署」という。)に本件変更の届出をする旨通知した。
被控訴人が、右回答書を就業規則変更に対する組合の「意見書」として添付し、労基署に本件変更の届出をしようとしたので、組合は、同日、労基署に対し、就業規則の変更が全面的であり、相当の説明と協議期間が必要であること及び第二、第三土曜日休日制実施の経過措置を踏まえての完全週休二日制実施が必然的に就業規則の全面的改定に結びつくものではないことから、被控訴人の右届出を形式的手続のみで受理すべきでない旨上申した。
これに対して、労基署は、同月三〇日、本件変更に関する被控訴人の説明及び被控訴人と組合の間の協議が一度もない経過を重視し、被控訴人の右届出を受理しない旨組合に伝え、被控訴人に対し、組合との団体交渉を指導するとともに、被控訴人の右届出を受理しなかった。
(九) 被控訴人は、右届出の不受理を受けて、同日、組合に対して団体交渉を申し入れ、同月三一日、被控訴人と組合との間で団体交渉が行われた。
右団体交渉の冒頭、被控訴人の代表理事である森迪康理事長(以下「森理事長」という。)は、労基署の指導を受けて団体交渉を行うものである旨及び平日の勤務時間の延長の問題は昭和六三年一一月一五日の団体交渉以来組合と協議しているが、組合の態度は絶対反対で歩み寄りの余地がなく、団体交渉をしても無駄と判断し、改めて説明や協議をしなかった旨説明した。被控訴人は、労基署に就業規則変更の届出を受理してもらうための形式的手続として右団体交渉を行ったにすぎず、実質的な協議には全く応じなかった。
右団体交渉では、新就業規則の実施凍結を前提として、所定労働時間及び休日について、今後団体交渉で協議することが確認された。
(一〇) しかるに、被控訴人は、平成元年二月一日から、新就業規則を一方的に実施した。
(一一) 使用者は、就業規則の変更に当たって、労基法九〇条に基づき、労働組合に意見を聴かなければならないが、その前提として、変更後の規則を示すだけでは足りず、変更前後の規則の変化を示さなければならない。就業規則は労働者に周知されるべきものではあるが、現実にはなかなか周知されない実態があるからである。また、就業規則の変更に関する労働組合の意見がどのように形成されるかは、当該労働組合の自主性に委ねられているが、民主的な意見を形成するためには一定の時間を要することになる。そして、使用者が「労働組合の意見にかかわらず、明日から変更された就業規則を実施する。」として労働組合の意見を聴くことは、就業規則の変更に労働組合の意見を反映させようとする労基法九〇条の趣旨に反する。
しかるに、前記のとおり、被控訴人は、就業規則の変更内容(新旧就業規則の変化)を示さず、示した改定案は不十分なものであり、組合が要求したにもかかわらず、平日の勤務時間の延長の必要性について何ら説明をせず、組合に意見形成のための時間的余裕を与えず、新就業規則の実施を既定の方針として、実施の前日になって初めて形式的に組合の意見を聴いたにすぎないのである。
4 労働条件の不利益変更による新就業規則の無効
本件変更は、次のとおり、控訴人らの既得の権利を奪い、控訴人らに不利益な労働条件を一方的に課すものであるから無効である。
(一) 控訴人らの平日の所定労働時間は、旧就業規則では午前八時五〇分から午後五時までの四三〇分間(休憩一時間を除く。)であったが、新就業規則では午前八時四五分から午後五時二〇分までと二五分間延長された。
(二) 労働時間は、賃金と並んで最も重要な労働条件であるが、平日二五分間の所定労働時間の延長は、旧就業規則の所定労働時間の約六パーセントを延長するものであり、それ自体、労働条件の重大な不利益変更である。
(三) 控訴人らは、右の時間延長により、旧就業規則では所定外労働であった午後五時から午後五時二〇分までの間の労働が、新就業規則により所定内労働に組込まれたため、従来支給を受けていた右時間帯の時間外勤務手当の支給が受けられなくなり、実質的な賃下げともいうべき重大な経済的不利益を受けることになる。
控訴人らを初めとする金融労働者にとって、時間外勤務は常態となっていた。控訴人らにとって、所定労働時間と時間外労働時間が日々の実労働時間であり、日々時間外労働をして時間外手当を受け取って労働していた時間帯が、就業規則の所定労働時間の変更という形式的手続のみで時間外労働と評価されなくなり、同じ時間帯に同じ労働をしながら時間外手当が支払われなくなった。その反面、被控訴人は、後記のとおり年間約一〇〇〇万円の時間外手当を浮かせているのであり、控訴人らの不利益が軽微であるということはできない。
新就業規則の実施により、従来午後五時以降の勤務について支払われていた時間外手当が、午後五時二〇分以降の勤務についてのみ支払われることになり、控訴人らに支払われるべき時間外手当の額が減少した。控訴人ら現行組合員四七名(平成元年二月当時は九九名)の平成六年一二月までの五年一一か月の未払賃金額は、総計二一〇〇万円を超えるに至っている。
被控訴人における従業員一人当たりの年間残業時間は、午後五時起算で一八〇時間ないし一九〇時間、午後五時二〇分起算で一四〇時間ないし一五〇時間であるから、被控訴人は、従業員一人当たりに対し、年間約四〇時間分の時間外手当を支払わなかったことになり、被控訴人が平成元年以降の右時間外手当の不払いにより得た利益は、次のとおりである。
平成元年 一〇八六万九〇五〇円
平成二年 一〇二二万三七三三円
平成三年 一一五三万三九〇一円
平成四年 一一八六万四七九九円
平成五年 一二〇四万八七九六円
平成六年 一三〇八万一四三八円
控訴人ら従業員は、時間外労働をしなくなったわけではなく、従来と同一の時間帯に労働をしても、時間外手当が支払われなくなったのである。換言すれば、控訴人らは、従来、午後五時二〇分までの労働に対して時間外手当を受ける権利を有していたが、被控訴人は、本件就業規則の改定により右の権利を奪ったのである。
右の減少分は、従業員一人当たり月額平均五八〇〇円、多い者で一万数千円にのぼる。右の減収は、住宅ローン、家賃、養育費など月ごとの収入に合わせて支出を計上している家計には耐え難い、現実的な切実な不利益である。被控訴人は、他の信用金庫と比較して極めて賃金水準が低く、平成元年まで過去五年間ベースアップがない状態で、時間外手当は生活給の一部となっていたのであり、その減額は控訴人ら従業員の生活に大きな打撃を与えている。
(四) 控訴人らは、右の時間延長により、実際に日常生活及び健康面で不利益を受けている。
労働者は、一日二四時間を睡眠・労働・食事・自由時間等に一定時間ずつ割いて生活しているから、この中の労働時間が二五分間延長されると、睡眠や食事の自由時間等が少なくなる。延長された平日二五分間の労働時間のしわ寄せを休日となった土曜日の旧勤務時間にまとめて回復するということはできない。労働者は、一日ごとの時間決めで労働力を売っているのであり、労働時間の短縮は、週単位、年単位ではなく、一日の労働時間を短縮するのでなければ意味がない。労基法が一日八時間労働を原則としていることは、右の一日の労働のもつ意味を前提とするのである。旧就業規則五一条も、一日の労働時間を七時間一〇分と定めており、午後五時には勤務から解放されることが労働契約の内容とされていた。また、旧就業規則五二条は、業務上の必要があって勤務時間の変更を命ずる場合にも、一日七時間一〇分の勤務時間を超えて勤務を命ずることはできない旨定めていた。
日本の労働者が先進諸外国の労働者と比較して労働時間が多いため、自由時間が短くなり、ゆとりのない生活をしていることは明らかであり、このような状態の中で平日の所定労働時間が二五分間延長されると、労働者の一日の生活リズムに悪影響を及ぼし、労働者の精神的、肉体的負担は大きくなる。
通勤に公共交通機関を利用する労働者にとっては、その時刻次第では、通勤時間を含めた事実上の拘束時間が二五分間を超えて大幅に延長される場合がある。また、保育園に子供を迎えに行くのに間に合わなくなるなど、家庭を持つ女性労働者に及ぼす影響は大きい。食事、入浴などの時間を終えた後就寝までの家族との団らんの時間は、多い者でも一、二時間であり、家事をしなければならない者にとっては、三〇分もない場合がある。そのわずかな時間が労働時間の延長により更に二〇分間減らされることは、軽視することができない。労働時間の延長にもかかわらず、家族との団らんの時間を確保しようとすると、睡眠時間を減らさなければならない。しかも、朝は五分早く出勤しなければならないことを考慮すると、本件の勤務時間の延長が控訴人らの生活や健康に与える影響は、極めて重大である。被控訴人には、終業時刻前の帰宅の制度があるが、これを利用する者は、例外的で、極めて少なく、職場によっては利用することが事実上不可能である。右の制度が本件就業規則の改定前から存在していることを考慮すると、これが時間延長の代替措置であるといえないことは明らかである。原審は、二五分間の延長は比較的短時間であると評価でき、労働者に特に過重な負担を強いるものではないなどと説示するが、何ら根拠を示しておらず、感覚的判断というほかはない。
5 控訴人らの午後五時以降の勤務時間数と時間外勤務手当額
控訴人らの午後五時以降の勤務時間数は、平成元年二月から平成四年一二月までの各月については、一覧表記載の「請求時間」欄記載のとおりであり、平成五年一月から同年一二月までの各月については、計算表の「五時起算残業時間」欄記載のとおりであり、平成六年一月から平成八年一二月までの各月については、追加一覧表の「請求時間」欄記載のとおりである。
そして、右勤務時間数に基づき、午後五時から午後五時二〇分までの勤務(これの各月の合計時間数は、一覧表の「未払時間」欄及び計算表の「不払時間数」欄並びに追加一覧表の「未払時間」欄にそれぞれ記載されたとおりである。)の時間外手当を計算すると、一覧表の各月の「請求額」欄及び計算表の各月の「不払残手額」欄並びに追加一覧表の各月の「請求額」欄にそれぞれ記載された各月の未払時間外手当の合計額となる。
6 結論
控訴人らは、被控訴人に対し、一覧表の各月の「請求額」欄及び計算表の各月の「不払残手額」欄並びに追加一覧表の各月の「請求額」欄に記載された各月の未払時間外手当額並びに各月の未払時間外手当額に対するこれに対応する月の二二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める(なお、控訴人らは、右金額を算出するに当たり、新就業規則による所定労働時間を基準に時間単価を算出したが、所定労働時間は、政令の改正により直ちに短縮され、新就業規則による所定労働時間より短時間になるから、賃金単価の数値は高くなり、本来控訴人らが請求し得べき未払時間外手当額は、本件における請求額を上回るものである。よって、本件請求は一部請求であることを明示するものである。)。
二 請求原因に対する被控訴人の答弁
1 請求原因1及び2の各事実は認める。
2(一) 同3の冒頭の主張は争う。
(二) 同3(一)の事実は認める。
(三) 同3(二)のうち、昭和六三年一〇月、昭和六四年二月一日から金融機関業務の完全週休二日制を実施することを内容とする政令の改正がされたことは認め、その余は争う。
(四) 同3(三)の事実は認める。
なお、昭和六三年一一月一〇日、組合は、平日の所定労働時間の延長について絶対反対の態度を表明した。
(五) 同3(四)のうち、被控訴人から就業規則の変更あるいは所定労働時間の延長に関する具体的な提案や説明がなかったことは否認し、その余は認める。
被控訴人は、同月一五日、新たに休日となる第一、第四及び第五土曜日の所定労働時間分を平日に振分ける形で平日の所定労働時間を延長する旨組合に伝えた。
(六) 同3(五)の事実は認める。
ただし、被控訴人は、同月一七日、完全週休二日制実施に伴う問題点を組合に提示した。
(七) 同3(六)のうち、被控訴人が組合に前記一2(二)記載の内容の就業規則の改定案を示し、昭和六四年二月一日から実施する予定である旨通知したこと及び同年一月二〇日までに意見書により回答するよう求めたことは認め、その余は否認ないし争う。
(八) 同3(七)のうち、旧就業規則七条の規定の存在、第二、第三土休の実施が円満に行われたこと及び組合が被控訴人に対し、控訴人ら主張の内容が記載された回答書を提出したことは認め、その余は否認ないし争う。
被控訴人と組合の間で、就業規則の改定に際して、被控訴人の方から説明及び協議の機会を設けるという労使慣行はなく、組合は意図的に団体交渉を申し込まなかったのである。なお、被控訴人は、組合が従来から平日の所定労働時間の延長に絶対反対の態度を固持していたことから、前記回答書について、組合が本件変更に反対の意見を回答したものと理解した。
(九) 同3(八)のうち、被控訴人が組合に控訴人ら主張の通知をしたこと、被控訴人が労基署に本件変更の届出をしようとしたが、組合の上申により受理されなかったことは認め、その余は不知。
ただし、被控訴人は、金融機関業務の完全週休二日制の実施が迫っており、組合が本件変更に絶対反対の態度を固持していたため、やむなく右通知をしたのであり、組合の前記回答書を無視したものではない。
(一〇) 同3(九)のうち、控訴人ら主張の団体交渉が行われ、所定労働時間や休日について、今後団体交渉で協議することが確認されたことは認め、その余は否認する。
被控訴人は、右団体交渉の席上、平成元年二月一日から新就業規則を実施し、平日の所定労働時間を延長する旨告げているのであって、今後団体交渉で協議するとの合意は、就業規則の実施の凍結を前提としたものではない。
(一一) 同3(一〇)のうち、被控訴人が平成元年二月一日から新就業規則を実施したことは認める。
被控訴人は、同年三月三一日、労基署に就業規則の変更届出をし、同年四月一九日、右届出が受理された。
(一二) 同3(一一)の主張は争う。
(1) 被控訴人は、組合に対し、昭和六三年一一月一七日、金融機関業務の完全週休二日制の実施に伴う問題点を提示して就業規則の変更を通知し、同年一二月二二日、改定案を提示して、昭和六四年一月二〇日までに意見書により回答するよう求めたものであり、組合が右改定案について検討する期間は十分にあった。
組合は、右変更に絶対反対の姿勢を固持し、被控訴人に対し、就業規則の変更について団体交渉を申し入れなかった。被控訴人は、組合に団体交渉を申し入れ、平成元年一月三一日の団体交渉において、組合と協議したが、妥結には至らなかったものである。
(2) 被控訴人は、昭和六三年一二月二二日、本部部長及び営業店店長(以下両者を併せて「部店長」という。)を通じて、全従業員に対し右改定案を周知させた。
(3) よって、本件変更手続に労基法九〇条一項の違反はなく、本件変更は有効である。
3(一) 同4の冒頭の主張は争う。
平日の所定労働時間の延長は、それだけを独立して不利益性を論ずべきではなく、従業員の完全週休二日制の実施に伴うものであり、新就業規則の実施により年間所定総労働時間が減少し、加えて、従来出勤していた土曜日の通勤に要した時間から解放され、事実上の拘束時間は更に減少するのであるから、本件変更は、労働者に不利益な変更ではない。
(二) 同4(一)の事実は認める。
(三) 同4(二)の重大な不利益であるとの主張は争う。
(四) 同4(三)のうち、新就業規則の実施により時間外勤務手当が午後五時二〇分以降の勤務についてのみ支払われることは認めるが、その余は否認する。
仮に、実際の時間外手当が従来に比して減少したとしても、それは、業務量の減少に伴う実際の時間外労働時間の減少によるものであって、しかも、労働者には業務量の減少に関わりなく一定の時間外労働を求める権利があるわけではないから、平日の所定労働時間の延長とは無関係であって、本件就業規則変更による不利益ではない。
(五) 同4(四)は争う。
4 同5の主張は争う。ただし、新就業規則が無効とされた場合の未払賃金額は認める。
三 被控訴人の抗弁(労働条件の変更の合理性)
本件変更が労働条件を控訴人ら労働者に不利益に変更するものであるとしても、右変更は、次のとおり合理的な変更であるから、本件変更は有効である。
1 銀行法は、銀行業務の規制を目的とする法律であり、労働条件の基準を定める法律ではない。すなわち、銀行法が規定する休日は、銀行業務(窓口業務)を行わない日を定めたにすぎず、それが当然に従業員の休日となるわけではなく、右休日が就業規則に休日として規定されて初めて従業員の休日となるものである。現に、政令の改正による被控訴人の業務の第二、第三土休実施に際しては、被控訴人と組合との交渉により、これを従業員の休日とすることとした。平成元年二月一日からの金融機関業務の完全週休二日制の実施に際しても、一部の金融機関は、休日となる土曜日を当然に労働者の休日とはせずに、特定の土曜日を出勤日とした。そもそも、国が金融機関の従業員に対してのみ従業員の休日としての完全週休二日制を保障したとする控訴人らの主張は、憲法一四条に定める平等原則に反する。
2 金融機関がその業務についての完全週休二日制を実施する場合、従来営業日としていた土曜日の業務を平日に処理する必要があり、土曜日の窓口業務量の相当部分が平日の開店時間内に処理されること及び閉店(午後三時)後の集計処理等の業務は基本的に午後五時のオンラインシステム終了時間までに処理されることを考慮しても、なお、平日の業務量が従来より増加することは避けられず、平日の所定労働時間を延長することが必要となる。被控訴人は、従来出勤日としていた土曜日の所定労働時間を平日に均等に割り振る方法を採用した。
3 信用金庫業界では、金融の自由化、国際化、機械化の進展により、競争が激化し、被控訴人は厳しい経営環境にある。平日の所定労働時間の延長を伴わずに従業員の休日を伴う完全週休二日制を実施すると、年間所定総労働時間が大幅に短縮され、賃金単価が大幅に上昇し、人件費の増大を招く。よって、経営基盤が強固でない被控訴人が、他の金融機関との競争力を維持し、経営基盤を確保するため、賃金単価の大幅な上昇を回避すべく、平日の所定労働時間を延長したことは、必要やむをえないことである。
4 他の金融機関においても、金融機関業務の完全週休二日制の実施に伴い、従来出勤していた土曜日をそのまま出勤日あるいは特別有給休暇とする、休日となる土曜日の就業時間の全部又は一部を、平日に均等に、あるいは繁忙な営業日に割り振るなどして、年間所定総労働時間の大幅な短縮及びそれに伴う賃金単価の大幅な上昇を回避する方策が採られた。
5 本件変更によって控訴人ら従業員が受ける不利益は、平日の所定労働時間が二五分間延長されるのみであり、特に過重な負担を強いるものではないことに加え、従業員の休日を伴う完全週休二日制の実施により休日が増加し、年間所定総労働時間が減少するなど、右不利益に対する代償措置が講じられており、実質的な不利益は解消している。被控訴人は、CD(現金自動支払機)からATM(現金自動預入・支払機)への変更等の機械化を推進し、平日の窓口来客数は減少しており、また、繁忙日にはオンラインシステムの終了時間を延長する等の対応により、労働密度の強化はない。
6 就業時間に関する定めは、就業規則により、全従業員に対して統一的、画一的に運用されなければならないところ、本件変更については、組合の同意は得られなかったものの、その変更手続に瑕疵はなく、被控訴人は、有効に変更された就業規則を控訴人らを含む全従業員に対して実施したものである。
四 抗弁に対する控訴人らの答弁
1 抗弁の冒頭の主張は争う。
就業規則を変更して重要な労働条件を労働者に不利益に変更する場合には、その必要性、合理性にとりわけ厳しい要件が課されるというのが確立した最高裁判例であり、その基準である次の諸点に照らして本件変更による労働条件の不利益変更は、不必要、かつ、不合理な変更である。
(一) 変更により労働者が被る不利益の程度
(二) 変更を行う事業経営上の必要性の程度
(三) 労働者の不利益を緩和・解消させる代償措置の存否・内容
(四) 団体交渉の経過
2 抗弁1は争う。
(一) 銀行法(信用金庫を含む。以下同じ。)改正の背景(労働時間の短縮の要請)
日本の労働者の低賃金・長時間過密労働は、日本経済を支え、その国際競争力を向上させたが、国際的には貿易摩擦を引き起こし、国内的には労働者の過労死を招くような深刻な事態を引き起こした。そのため、わが国労働者の長時間労働に対して、国の内外から強い批判が起こり、労働時間の短縮が求められ、対応を迫られた政府は、労働時間の短縮をわが国全体が取り組むべき国民的課題であると位置づけ、銀行(信用金庫を含む。以下同じ。)の土曜休業をテコとして日本の社会に週休二日制を普及させることを図り、銀行の労使双方に労働時間の短縮を働きかけた。日本の労働者にとって労働時間の短縮は、権利の伸長というよりも、過酷な労働実態を通常の労働現場に回復させるにすぎない性質を持つものである。
(二) 労働時間規制に関する国際基準
人間の生活リズムに即して労働時間のもつ意味を把握しなければならないことは、ILO第一号条約以来、国際的に繰返し認識されてきた条理であり、週休二日制があくまでも一日ごとの労働時間の短縮を土台に実現されてきたことは、国際的に確立した実績になっている。ILO設立以来今日まで七〇年の歴史は、一日当たりの労働時間の短縮が労働時間の短縮の本質であること、すなわち、週休や年休が増えて年間総労働時間が減っても、一日当たりの労働時間の短縮がなければ、労働者が人たるに値する生活をすることのできないことを全世界に示している。ILOを通じて宣明された労働時間の短縮の規範的意味は、ILO条約をわが国が批准しているか否かによって変わるものではなく、とりわけ、ILOの勧告は、批准を要せずに、加盟各国に現代国際社会における労働時間の短縮の基本理念を明示するもので、わが国の法解釈にも十分参考に供されるべき規範的意義を有している。
(三) 銀行業の社会性と銀行法の定める休日の意義
銀行業は、高度の公共的性質を有するから、その休日や営業時間は、統一的に規制されるべきである。明治以来の銀行の休日に関する規制の歴史的経過に照らせば、銀行法一五条一項(信用金庫法八九条により信用金庫にも準用されている。)所定の銀行の休日は、単に窓口業務を行わない日(休業日)を意味するものではなく、事実上必ず銀行従業員の休日とされていた。すなわち、銀行法所定の休日は、労働協約や就業規則の改定によらずに、事実上そのまま銀行従業員の休日に直結するという労使慣行が存在していたことを示すものである。それ故に、銀行労働者、労働組合は銀行法改正を時短闘争の目標とし、政府・労働省も週休二日制・時短の実施を銀行法改正を通じて行ったものである。
旧就業規則五六条は、旧銀行法と実質的に同一の内容であり、国民の祝日に関する法律三条二項及び三項で定める日並びに昭和五八年の第二土休及び昭和六一年の第三土休を従業員の休日とはしていなかったが、労使は、格別協議を行ったり、就業規則を改正することなく、これらを休日と扱っていた。このことは、被控訴人と控訴人らとの間に、銀行法の定める休日を労働者の休日とする旨の労使慣行が存在することをもって説明するしかない事柄であり、右の労使慣行が排除されたことはない。右の労使慣行が存在するのであるから、銀行法が改正され、政令により銀行の土曜日休日が定められた当然の効果として、労働者の休日が定められたことになる。
3 同2のうち、金融機関業務の完全週休二日制の実施に伴い、平日の業務量が増加すること、土曜日の窓口業務量の相当部分が平日の開店時間内に処理されること、及び閉店(午後三時)後の集計処理等の業務が、基本的に午後五時のオンラインシステム終了時間までに処理されることは認め、その余は争う。
土休により増加した平日の業務は、従業員の労働密度の強化により吸収せざるを得ないものであり、実際にも、被控訴人の従業員一人当たりの時間外労働を含めた年間の総実労働時間は、本件変更後もほとんど増加しておらず、午後五時以降の実労働時間にほとんど変化はない。土曜日の午前九時から午後〇時まで行っていた接客、営業の業務は、原則として平日の午後五時以降に振り替えて行うことはできず、平日の午後三時までの営業時間内に行わなければならず、営業活動を非営業活動で代替することはできない。また、オンラインシステムは原則として午後五時に終了するから、それまでに計算を締め上げておかなければならない。したがって、平日の業務量の増加により、平日の所定労働時間の延長が必要である旨の被控訴人の主張は、根拠を欠くものである。土休が増加した分残業時間数が増加したという資料は、全くない。
4 同3のうち、信用金庫業界の競争が激化し、被控訴人が厳しい経営環境にあることは認め、その余は争う。
完全週休二日制は、全金融機関に一律に実施されるものであり、そのために被控訴人だけが不利益を受けるものではないから、右信用金庫業界の競争とは無関係である。完全週休二日制実施の目的は、労働時間の短縮すなわち労働条件の改善にあるから、右の実施に伴う人件費等のコストの上昇は、当然に企業が負担しなければならず、平日の所定労働時間の延長等によって、コストの上昇分を労働者に転嫁することは、完全週休二日制実施の目的に反し許されない。
そもそも、完全週休二日制の実施に伴う人件費の上昇について、被控訴人は、従前から金額にして二五〇万円程度、大蔵省検査などが入って残業が増えた場合でも五〇〇万円程度と予測しており、実際にも、右の実施後、右予測に反する上昇を招いた事実はない。そして、この程度の人件費増は、被控訴人の年間の人件費が一〇億円を超す規模であることからすれば、経営に影響を及ぼすようなものではないし、新たな土休により年間二〇〇万円ないし三〇〇万円の水道光熱費、管理費等のランニングコストの節減が予測され、現にそのような結果になっていることをも考慮すれば、全体としてのコストの上昇はほとんどなかったというべきである。
また、機械化によるコストの上昇についていえば、機械化は、被控訴人が大幅な人員削減等のいわゆる合理化の一環として従前から追及しているものであり、今回の完全週休二日制と関連付けるべきものではない。
被控訴人は、単なるコストの抑制にとどまらず、完全週休二日制の実施を奇貨として年間約一〇〇〇万円の時間外手当の削減、すなわち賃金カットによる積極的な利潤の拡大を意図していたもので、本件変更は、労働者の既得の権利を奪い労働者に不利益な労働条件を一方的に課すものであり、億単位の黒字経営を維持している被控訴人が、年間一〇〇〇万円のコスト削減を賃金カットによって行う必要性は、全く認められない。
5 同4の主張は争う。
本件変更の不利益性は前記一4記載のとおりである。政令改正の趣旨は、右変更の不利益性及び合理性の判断に際して、十分に斟酌されるべきである。
国際的、歴史的にみて、労働時間の短縮が、一日八時間制の要求から始まり、人間の生活サイクルそのものである日を単位にして漸次進められてきたこと、休日の増加が労働時間の短縮に直結していること、日、週、年間の単位のいずれにおいても労働時間の短縮がなされてきたことも、合理性の判断に際して斟酌されるべきである。
6 同5の主張は争う。
(一) 労働条件の統一的、画一的決定の要請から、組合の同意のない就業規則の実施が許されるのは、対等かつ誠実な労使交渉が行われたにもかかわらず、合意に達しなかった場合に限られる。前記一3(三)ないし(二)記載のとおり、被控訴人は、組合に対し、、本件変更について、具体的説明もせず、実質的な協議にも応じることがなかったものであり、団体交渉を拒否し、団体交渉に誠意をもって臨まず、一方的に就業規則の変更を強行したことは、不当労働行為に該当する。新就業規則強行後も、被控訴人は、徹底して組合を敵視し、組合員に対し脱退工作をするなどの不当労働行為を繰り返している。右のような本件変更に至る組合との交渉経過及びその後の労使関係は、被控訴人の控訴人らに対する一方的で不誠実な態度を示すものであり、新就業規則を実施することは許されない。
(二) 控訴人らの労働密度は強化されている。すなわち、完全週休二日制実施により、従来土曜日に来店していた顧客が平日に来店することになるが、午前九時から午後三時までという窓口業務の時間は変わらない。また、窓口業務終了後の集計処理等の業務についても、これを処理するコンピューターシステムは、集計処理が完了したか否かにかかわらず、原則として午後五時に強制的に終了する。したがって、平日の業務量の増加により、必然的に平日の労働密度の強化(単位時間当たりの処理量の増加)がもたらされ、控訴人らは、不利益を被る形で労働密度の強化を自ら吸収しているが、被控訴人は、人員を削減している。原判決は、機械化によって、窓口来客数が減少していること及びオンラインシステムの終了時間の午後七時までの延長を労働密度の緩和の原因として挙げるが、機械利用者のすべてが窓口を利用しなくなるものではなく、不正確である。また、オンラインシステムの終了時間の延長は例外的な措置であり、新就業規則の実施前から、「五、一〇日」など特定の繁忙日に、終了時間を午後七時まで延長していたのであって、新就業規則の実施後においても、その実態には何ら変わりがなく、右システムの終了時間の延長により、労働密度の増加が吸収されていることなどありえない。
(三) 新就業規則の実施により、控訴人らの年間所定労働時間は、従来の一八八五時間四〇分から一八八〇時間四〇分に減少した。しかし、右の減少は、平月の勤務時間の延長の代償措置とはならない。その理由は次のとおりである。まず、土曜日を休日とする政令は、金融業の労働者の労働条件について法的拘束力を有する。また、金融機関においては、従来から、銀行法に規定する金融機関の休日をそのまま労働者の休日とする労使慣行が存在した。したがって、政令の改正によって増加した金融機関の休日は、そのまま当然に労働者の休日となる。また、従来から被控訴人を含む金融機関においては、銀行法の休日を所定労働時間から外し、労働者の休日とする旨の労使慣行が存在していたから、政令の改正による金融機関の休日は、当然に労働者の休日となる。次に、そもそも短縮された土曜日午前中の労働時間は、政令の改正による完全週休二日制の実施に伴い通常の業務を行わないこととなった時間で、出勤してもほとんどすることのない時間帯であり、延長された平日午後五時以降の労働時間は、土曜日の労働時間が短縮されたことにより、労働密度が高くなった時間帯であり、残業が恒常化している下では時間外勤務手当支給の対象となっていた時間であり、両者を同一視することはできない。
7 同6の主張は争う。
被控訴人が平日の労働時間を延長した真の目的は、年間約一〇〇〇万円の時間外手当を控訴人ら労働者から奪うことにあった。
第三 証拠関係
本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一 当事者及び就業規則の変更について
一 請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。
二 右の事実によれば、被控訴人における所定労働時間は、旧就業規則において、平日は午前八時五〇分から午後五時まで(休憩一時間を除いて四三〇分間)、土曜日は午前八時五〇分から午後二時まで(休憩一時間を除いて二五〇分間)と定められていたが、新就業規則においては、平日は午前八時四五分から午後五時二〇分まで(休憩一時間を除いて四五五分間)、土曜日は休日に変更された。もっとも、被控訴人においては、既に第二及び第三土休が実施されていた(争いがない。)ので、新就業規則により、その余の土曜日が休日とされる代わりに、所定労働時間が平日に一日当たり二五分間(一週間で一二五分間)延長されたことになり、このため、時間外勤務手当は、従前は、午後五時以降の勤務について支払われていたが、新就業規則の実施により、午後五時二〇分以降の勤務についてのみ支払われるようになった。
第二 本件変更の効力について
一 本件変更の効力を判断する基準
使用者が、新たな就業規則の作成又は変更によって、労働者の既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒むことは許されない。そして、右にいう当該規則条項が合理的なものであるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者の被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいい、特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項が、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。右の合理性の有無は、具体的には、就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、使用者側の変更の必要性の内容・程度、変更後の就業規則の内容自体の相当性、代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、労働組合等との交渉の経緯、他の労働組合又は他の従業員の対応、同種事項に関する我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべきである(最高裁昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁、最高裁昭和五八年一一月二五日第二小法廷判決・裁判集民事一四〇号五〇五頁、最高裁平成九年二月二八日第二小法廷判決・裁判所時報一一九一号一頁等参照)。
なお、控訴人らは、本件変更の手続が労基法九〇条に違反することを理由に、本件変更が無効であると主張するが、同条はいわゆる取締規定であって、効力規定ではないと解されるのみならず、本件においては、少なくとも後記四1に認定するような手続が行われているのであるから、同条に違反することのみを理由に本件変更が無効になるということはできない。
二 本件変更の不利益性
既に述べたとおり、本件変更により平日の所定労働時間が一日当たり二五分間延長されたのであるが、延長された平日一日当たり二五分間の労働時間は、旧就業規則の定めていた一日の所定労働時間四九〇分の約5.1パーセントに、旧就業規則五三条所定の休憩時間一時間を控除した四三〇分の約5.8パーセントにそれぞれ相当するものである。そして、右の延長された所定労働時間については、従前支払われていた時間外勤務手当が支払われないことになったのである。したがって、右の平日の所定労働時間の延長だけをみれば、これが控訴人らにとって不利益であることはいうまでもない。
本件変更の効力を検討するためには、右の点にとどまらず、被控訴人の主張するような完全週休二日制の実施に伴う土曜日の拘束時間からの解放や年間総労働時間の短縮等の点についても考慮しなければならないのであるが、それに先だって、平日の所定労働時間の変更が従業員に及ぼす影響等について検討しておくこととする。
1 賃金の減少
(一) 証拠(甲二〇ないし二二、五五、五六、七三、八六、乙四五の1、証人布施紀明、控訴人工藤謙二・同小野寺進一各本人)によれば、次の事実が認められる。
(1) 完全週休二日制の実施により、土曜日を休日として、所定労働時間が減少すると、一時間当たりの賃金単価が上昇する。
組合が、平成元年一〇月の基本給と従業員数(部店長を除く。)及び所定労働時間数を基礎に、就業時間を延長せず完全週休二日制により新たに第一、第四、第五土曜日の休日を実施した場合と実施しない従来どおりの場合とを比較して、平成元年の時間外勤務手当の一時間当たりの単価の上昇を計算したところでは、1911.3円であったのが2013.6円となり、102.3(5.35パーセント)上昇することとなる。
(2)① 組合の計算したところでは、平成元年一月から同年一二月に時間外勤務をした従業員(人数は月により変動はあるが、一五一人から一六四人。ただし、午後五時以降の勤務をしても時間外勤務手当を請求していない者を除外した数値である。)の時間外勤務手当は、午後五時から起算した場合には総計五六九〇万三六三五円、午後五時二〇分から起算した場合には総計四六〇三万四五八五円となり、その差額は一〇八六万九〇五〇円(実額)である。右の減少分は、従業員一人当たり月額平均五八〇〇円程度で、残業の多い従業員では一か月約一万五〇〇〇円程度になる。
右の計算は、平成元年二月以降に関して、午後五時起算の場合も、午後五時二〇分起算の場合も、新就業規則による時間外勤務手当の単価により行ったものである(控訴人小野寺進一本人)が、前記のとおり、新就業規則による時間外勤務手当の単価は旧就業規則による単価より5.35パーセント高くなっているのであるから、午後五時から起算する場合の時間外勤務手当の額を旧就業規則による単価に従って(ただし、便宜上平成元年一月も含むものとして)計算し直すと、前記五六九〇万三六三五円の5.35パーセント上昇前の五四〇一万三八九一円と、午後五時二〇分から起算した場合の額との差額は七九七万九三〇六円となるから、従業員一人当たりの減少分は月額平均四二〇〇円程度となる。
② 同様に、その後の午後五時起算と午後五時二〇分起算の時間外勤務手当の差額をみると、平成二年は一〇二二万三七三三円、平成三年は一一一五万三九〇一円となる(いずれも組合員の時間外勤務時間と手当から時間外勤務をした従業員全体の時間と金額を推計したものである。前記①と同様に、いずれも新就業規則による単価で計算したものであるから、午後五時から起算する場合の計算を旧就業規則による単価に従って計算し直すと、平成二年が八一三万六〇二一円、平成三年が八七七万〇六六九円になる。)。
③ 被控訴人の計算したところでも、新就業規則の実施後、従来の五時起算の場合と比較して、時間外勤務手当の支給額は、平成元年は月平均八〇万円で年間約九六〇万円、平成二年は月平均九〇万円で年間約一〇八〇万円減少しており、組合員の計算と大きな差はない。
(二) 右の事実によれば、控訴人らは、旧就業規則の適用時に時間外勤務手当を支給されていた平日午後五時から午後五時二〇分までの労働の実態に格別変化がないのに、新就業規則が適用されて右時間帯が所定労働時間に組み込まれたことにより、右時間帯の時間外勤務手当が支給されなくなったものということができる。右時間帯の労働が恒常化していた状況(甲五五、五六、弁論の全趣旨)のもとにおいては、従来右時間帯の労働に対して支給されていた時間外勤務手当は、事実上控訴人らの給与の一部を構成していたものと評価することができる上、その額も従業員一人当たり月額平均四二〇〇円程度と認めることができるのであるから、平成元年まで過去五年間ベースアップがされていない状態であったこと(控訴人工藤謙二本人)をも考慮すると、これが支給されなくなったことの実質的な不利益は、決して少なくないというべきである。
(三) 被控訴人は、仮に、実際の時間外勤務手当が従来に比して減少したとしても、それは、業務量の減少に伴う実際の時間外労働時間の減少によるものであり、しかも、労働者には業務量の如何に関わりなく一定の時間外労働を求める権利があるわけではないから、平日の所定労働時間の延長とは無関係であって、本件就業規則変更による不利益ではないと主張する。
しかし、被控訴人の右の立論は、本件変更の前後で実労働時間に大差がないので、午後五時二〇分から起算すると時間外勤務の時間は従来より減少していることを前提としており、本件変更がなかったならば、控訴人らが得られたはずの時間外勤務手当は午後五時起算で計算しなければならないことを無視するものというべきである。なお、労働者が使用者に対して、一定の時間外労働を要求する権利のないことは、被控訴人の主張するとおりであるが、本件において控訴人らに認められる不利益は、新たな時間外勤務を要求してこれが受け入れられないことによる不利益ではなく、午後五時以降の勤務の恒常化が改善されないため、その必要があって既に行った午後五時から午後五時二〇分まで勤務について、旧就業規則では時間外勤務手当の支給対象とされていたのに、新就業規則では、所定労働時間に組み入れられたことにより、同じ時間帯に同じような労働をしても時間外勤務手当が支払われなくなったことの不利益をいうのであるから、右のような扱いが実質的不利益に当たることは明らかというべきである。
したがって、被控訴人の右主張は、採用することはできない。
2 一日の労働時間のもつ意味
控訴人らが主張するように、労働時間や通勤時間などの拘束時間の開始・終了時刻及び長さは、労働者の一日の生活リズムに大きく影響する。労働者にとって週間、月間、年間の労働時間がどのように定められるかは、労働時間の短縮の観点から重要なことであるが、それとともに重要なことは、一日の労働時間がどのように定められるかということである。すなわち、労働者が労働による疲労を回復し、健康を維持し、家族や友人と交流し、文化的で人間的な生活を送るためには、一日単位で生活リズムに即した労働時間が定められることが基本的に求められるのである。それ故、労基法三二条二項は、一日八時間労働の原則を定め、旧就業規則五二条も、一日の勤務時間は午前八時五〇分から午後五時まで、土曜日は午後二時までを超えることはない旨を定めていたものということができる。
3 生活上の影響
平日の始業時間の五分間の繰上げや終業時間の二〇分間の繰下げの影響の度合いは従業員によって様々であるが、従業員の出勤及び退勤の時間に不利に作用することはいうまでもない。
例えば、証拠(甲五七、五九、控訴人江川邦子本人)によれば、通勤に公共交通機関を利用している従業員の中には、控訴人江川邦子のように、従前利用していた午前八時発のバスでは、新就業規則の始業時間である午前八時四五分に遅刻するため、その前の午前七時三〇分発のバスを利用しなければならなくなるなど、出発時間を単に五分間繰り上げるだけではすまない影響が出ていること、同様に終業時間が二〇分延長されたことによる影響で帰宅時間が三〇分から一時間遅れるという者も出ていることが認められるのであって、平日の勤務時間の延長により、人によっては、実質的には一日二五分間以上に拘束時間が拡大したのと同様の影響を受ける結果となることがある。
もっとも、残業が恒常化している状況のもとでは、退勤時間が延長されることによっては、何らの影響もないのではないかとも考えられないではないが、所定労働時間の延長は、退勤しようと思っても退勤できない拘束時間の延長を意味するのであるから、残業が恒常化しているからといって、不利益性を否定するのは相当でない。また、新就業規則には、仕事がなければ退勤時間の三〇分前に帰宅することを可能とする規定が設けられているが、従業員は、退勤可能な状態を任意に作出できるものではないから、右の規定があるからといって、不利益性が緩和されているということはできない。なお、右と同旨の規定は旧就業規則にも存在していたのである(甲一)から、新就業規則の右規定は、平日の勤務時間の延長の代替措置として新たに設けられたものということはできない。
三 本件変更の社会的背景
証拠(甲一ないし三、二〇、三六、三七の1、三八、一一二、一一三、一一九、一二一、乙三、九、五〇、控訴人小野寺進一本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(なお、各項末尾の括弧内に掲記した証拠は、当該項目の事実認定に特に使用した証拠である。)。
1 完全週休二日制の要請
(一) 労働時間短縮の要請
日本経済の発展に伴い、先進諸国から、日本の資本家がILOなどの国際基準を守らず、労働者の低賃金・長時間過密労働(いわゆる日本人の働き過ぎ)により不当に安価な商品を生産し、対外進出を図っているのは迷惑であるとして非難が高まった。国内においては実労働時間がピークに達した昭和三五年以降、労働時間の短縮を求める労働運動が始まったが、ヨーロッパ諸国の年間実労働時間が一七〇〇時間台になった昭和五四年に、日本では二一二九時間に達していたため、労働時間の短縮は、政府が推進すべき急務であると認識されるようになった。その後、労働時間の短縮を推進すべき旨の国会決議が繰り返され、また、政府自身も、閣僚会議や閣議決定で労働時間の短縮を進める必要があることを確認し、労働時間の短縮が消費拡大、内需拡大及び雇用創出に大きな影響を及ぼすなどと啓蒙活動をするなど、労働時間の短縮を推進するための指導、援助に取り組み始めた。労働省は、昭和六〇年六月、「労働時間の短縮の展望と指針」(以下「展望と指針」という。)を策定し、労働事務次官は、同月二二日付けで、都道府県知事及び都道府県労働基準監督局長宛に「『労働時間の短縮の展望と指針』について」(甲一二一)を発し、経済界も、週休二日制を中心とする労働時間の短縮に向けて努力することを表明するに至った。
(二) 政府の方針
政府は、完全週休二日制について、金融機関と官庁を先行させて、一般企業に波及させるため、金融機関の労使に労働時間の短縮を呼びかけた。金融機関を先行させようとした理由は、休日を増やしても金利に影響はなく、収入が減らないこと、金融機関の休日は一般企業への影響が大きいこと(したがって、波及効果を期待できること)、土曜日に金融機関利用の需要があっても、技術革新による機械化(CD、ATM等)で対応が可能なことなどが挙げられている。
展望と指針によって国の労働時間の短縮に関する分析や考え方をみると、次のとおりである。
(1) 労働時間の短縮をする必要があることの根拠は、次の四点である。
① 労働者の健康の確保と生活の充実を図る。
② 経済社会全体や企業自体の活力の維持・増進を図る。
③ 今後一層進展する国際化に対応する。
④ 長期的にみた雇用機会の確保を図る。
(2) 労働時間の短縮の推移と現状は、次のとおりである。
日本の労働者(三〇人以上の民間企業)の労働時間は、昭和三五年の年間所定労働時間・二一七〇時間、年間総実労働時間・二四三〇時間であったが、昭和四八年には年間所定労働時間・二〇〇〇時間、年間総実労働時間・二二〇〇時間弱となった。昭和五〇年から昭和五八年までは、労働時間の短縮のテンポ及び週休二日制の普及のテンポは鈍化し、昭和五九年では年間総実労働時間は二一一六時間となった。労働時間の短縮のテンポの鈍化と欧米諸国との差があることの要因は、① 週休二日制の普及が進んでいないこと、② 年次有給休暇の未消化が多いこと、③ 所定外労働時間が高水準であることにある。
(3) 労働時間を巡り、① 進展する技術革新を労働者の福祉の増進に寄与するように活用すべきであり、② 本格的な高齢化社会を迎えるに当たり、労働時間の短縮により高齢者の雇用の確保を図る必要があり、③ 商業、サービス業等、製造業等とは労働時間管理の面で異なる業種や労働者が増加していること(サービス化、ソフト化の進展)に対応する必要がある、という状況が生じており、今後は、週休二日制の導入、年休の消化と連続休暇の設置、所定外労働時間の改善の三点を中心に、業種、業態、規模などの実情、実態に応じた適切な対応をする必要がある。
(三) 労働時間規制に関する国際基準
ILOでは、一九六一年に労働時間の短縮勧告(週四〇時間)が採択され、一九六二年のILO一一六号勧告では、労働時間の短縮と賃金削減をバーターにできないとしている。政令が改正された昭和六三年当時、既に世界では、完全週休二日制を実施している国が一〇〇か国あった。
(四) 銀行労働者の運動と銀行法の改正
(1) 昭和三年に施行された銀行法(旧銀行法)は、休日(祭日、祝日、日曜日、一般の休日)及び臨時休業日(不可抗力で休業せざるを得ない日)に関する規定(一八条)を設けた。この規定により、銀行の休日は、事実上法定休日のみとなった(ただし、一月二日、三日と特別の国家的慶弔行事当日は、一般の休日に当たると拡大解釈されていた。)。
昭和二二年に労基法が制定され、昭和二三年から昭和二五年にかけて各銀行で制定された就業規則の多くは、従業員の休日に関して、旧銀行法一八条と同じ趣旨の条項を定め、銀行の法定休日を一般的に従業員の休日とした。
昭和二三年七月二〇日「国民の祝日に関する法律」(以下「祝日法」という。)が施行され、従前の祝祭日の廃止や新たな祝日の制定がされた。これに伴い、銀行法の法定休日の中身が変わったが、当時、就業規則や労働協約を変更した銀行はなく、就業規則の「祝祭日」を「国民の祝日」に改めることもなく、昭和四一年に祝日法の改正により祝日が追加された際にも、同様であった。
昭和四三年七月、全国の地方銀行の本支店を結ぶオンラインシステム「地銀データ通信」が発足し、国内為替業務の処理速度が飛躍的に上がった。その際、それぞれの地域で定例化していた地方祭日の臨時休日を廃止する措置がとられ、以後、銀行の法定休日は、日曜日、国民の祝日及び全国的規模の一般の休日(一月二日と三日、業界が政府の許可を得て設定する国家的大事業時の臨時休日)のみに事実上限定されたが、この時も、多数の銀行では、就業規則の改定は行われなかった。
(2) 銀行労働者の組織である地銀連は、昭和四六年の定期大会において、完全週休二日制の要求を決定し、昭和四七年一月四日、「完全週休二日制推進連絡会議」を結成し、銀行法(旧銀行法)一八条を改正することが従業員の週休二日制を実現するための不可欠の条件であるとして、全政党に対し、「銀行法(旧銀行法)一八条の改正と金融機関の完全週休二日制の早期実現」を働きかけ、昭和五〇年には自治労などと「金融官公庁週休二日制・土曜日休日促進共闘会議(略称・土休共闘)」を結成し、昭和五六年六月に新銀行法が制定されて休日条項が定められると、土休共闘は土曜日を休日とする政令の制定を求める運動を展開した。
(3) 新銀行法一五条一項は、「銀行の休日は、日曜日その他政令で定める日に限る。」と規定し、労働時間の短縮に向けて弾力的な運用を図ることができるように、政令に委任することとしたものの、金融機関に週休二日制を導入することについては、顧客の立場にある経済団体、消費者団体、病院などの無条件の同意が得られず、その後、政令の改正により、昭和五八年八月になって初めて第二土曜日が、さらに、昭和六一年八月から第三土曜日も休日となったが、いずれの際も、地方銀行の大多数は、右休日と抱合せで、平日や土曜日の労働時間の延長を労働組合に提案し、交渉してきた。
2 金融機関における週休二日制への対応
(一)(1) 金融機関の週休二日制は、昭和四〇年代後半より全国銀行協会連合会や政府部内での検討が始まり、銀行法等関係法令の改正を経て、昭和五八年八月から第二土曜日の閉店制が、昭和六一年八月から第三土曜日の閉店制がそれぞれ実施されるとともに、現金自動支払機(CD)が実用化されるようになった。これは、銀行労働者が長時間労働の改善を求める運動をしていたところに、国際収支の大幅な黒字による貿易摩擦がきっかけで、欧米先進諸国から、日本の労働者の長時間労働に対する非難の声が上がり、政府が、労働時間を短縮し、先進諸国に合わせて週休二日制を実現しようとしていたことに主な原因があった。
(2) 労働時間の短縮の目標は、週四八時間を週四〇時間に近づけ、年間実労働時間を二四〇〇時間から一八〇〇時間にすることであった。
(二)(1) 労基法は、週の法定労働時間を四八時間としてきたが、昭和六二年の法改正により、週四〇時間労働を明記し、完全週休二日制を明確に志向した。しかし、改正労基法は、その施行時である昭和六三年四月一日から直ちに週四〇時間制を適用したのではなく、当分の間は、週四〇時間制に向けて段階的に短縮することができるように、政令で定める時間を一週間の法定労働時間として適用することにした。そして、日本全体の週休二日制実現のため、昭和六三年一〇月、政令改正により、先ず、金融機関の完全週休二日制が翌年二月から実施されることになった。
(2) 労働省は、昭和六三年六月、政府の「経済運営五カ年計画」(同年五月閣議決定)及び「第六次雇用対策基本計画」(同年六月閣議決定)を受けて、「労働時間の短縮推進計画」を策定し、「完全週休二日制の普及促進、連続休暇の定着、所定外労働時間の削減に重点を置いて労働時間の短縮を進め、おおむね計画期間(昭和六七年(平成四年)までの間)中に週四〇時間程度に向けてできる限り短縮する」との方針を打ち出した。
(三)(1) 社団法人全国信用金庫協会(以下「全信協」という。)は、完全週休二日制を推進することに協力する姿勢を示していたところ、信用金庫業界における所定労働時間は、右当時の月二回の土曜休業制の場合においても、平均では年間二〇一六時間、週三八時間四六分と、既に週四〇時間をかなり下回っており、全体的には労働時間の短縮は進んでいるが、個別の信用金庫によって、所定労働時間が区々であり、最長が二二八〇時間(週平均四三時間五〇分程度)となっているところもあることから、改正労基法の週平均所定労働時間・四〇時間を超える信用金庫に対して、これを守らせることを当面の方針とし、同年一〇月ころ、「完全週休二日制実施に伴う就業管理体制(取扱注意)」(甲一一三。以下「冊子管理体制」という。)及び「新就業規則改訂の手引き」(甲一一二。以下「冊子手引」という。)と題する各冊子を作成し、被控訴人を含む傘下の信用金庫に配布した。
(2) 全信協は、冊子管理体制において、次のような指摘等をした。
① 完全週休二日制の実施と労基法の改正は、就業管理体制の見直しの絶好の機会であり、週平均所定労働時間の目標値を四〇時間とするが、就業規則の改定に関して、a 労働時間の短縮は、賃上げと同義で、これが人件費コストの上昇(実質賃金の上昇と時間外単価の上昇)を招くことは必至であるから、従来の土曜日の労働時間をある程度平日の勤務時間の延長で吸収することなどを検討し、収益状況を見ながら弾力的に、漸進的に進めることが重要であること、b 労働時間の短縮が勤労意欲を向上させ生産性向上に資する面もあるので、この面を加味してコストと収益との関連で最大効果がどうなるかを判断すべきであること、c 顧客に対するサービスの低下を招かないように、きめ細かい就業管理体制を検討する必要があることの三つの視点を提示し、今後、顧客ニーズの多様化、営業時間の規制緩和等が予想されるので、今回の改正労基法に盛られた変形労働時間制等の弾力化措置を必要なときはいつでも実施できるように、可能な限り就業規則の条文に盛り込んでおくことが望まれる旨指摘した。
② 就業規則の変更は、遅くとも昭和六三年一二月末までには、労働組合又は従業員に提示することが必要で、就業規則の変更に組合又は従業員代表に説明してもなかなか賛意が得られない場合には、十分熱意と誠意をもって説明することが肝要であり、変更手続をした上で実施時期を一定期間延長するなどの経過的措置を設け、漸次新制度に移行して行く方法もある旨、就業規則の変更手続に関して注意を喚起した。
③ 所定労働時間の長短に応じたモデルケースを示して、所定労働時間が業界平均より相当程度短いケース(平日七時間、土曜日四時間、年間一八四八時間、週平均三五時間三二分)では、顧客サービス、生産性維持の観点から極力平日の勤務時間の延長で対応すべきであり、平日の所定労働時間七時間を七時間二七分に延長すると年間の所定労働時間は全く変わらないことになるが、二七分の延長は現実的でないので、二五分または三〇分の勤務時間の延長で考えるのが現実的であり、二五分の延長にすると、年間の所定労働時間は、五二〇分短縮されるなど、具体例に応じた対応策を示した。
(その後、全信協の役員は、平成四年四月の全国信用金庫信用組合労働組合連合会(以下「全信労」という。)代表団との交渉の中で、冊子手引について、「作成当時と情勢が変わったと認識している。現在軌道修正しているところだ。」と発言した(甲一一九)。)
3 同友会の対応
全国信用金庫同友会(以下「同友会」という。)は、被控訴人ら傘下の信用金庫経営者に対し、「完全週休二日制への対応について(取扱注意)」と題する昭和六三年一一月二一日付け文書(甲三八)を配布し、完全週休二日制の実施に対する留意事項として、全信協作成の冊子管理体制が示すように、極力現行所定労働時間を確保することを基本スタンスとして、経営の実態とその先行きを展望した対応を図っていかなければならず、具体的には、土曜日の所定労働時間をできるだけ平日に振り分けること、休業日を指定勤務日とする制度を採用すること、変形労働時間制を導入すること、特別休暇制度を廃止し、年休制度を活用することが肝要であると指摘し、新制度を導入することにより労使間で種々の問題が生じるが、冊子管理体制が示した三つの視点に立って理論武装する必要があり、平日の勤務時間の延長などについては、従業員に経営の実態、労働時間の現状等を具体的に示しながら、粘り強く話合いと説得を重ね、理解と協力が得られるよう交渉に臨む必要があると指摘した。右文書には、同年一二月一五日付けの労働省労働基準局長から全信協など銀行関係一〇団体に宛てられた完全週休二日制の実施に向けての協力依頼文書(金融機関に実施される完全週休二日制は、金融機関の労働者の福祉の向上のみならず、わが国の週休二日制拡大に向けての社会的気運を高めるものであるから、労働時間の短縮を推進して欲しいとの内容)が添付されていた。
4 被控訴人及び組合の対応
(一) 控訴人らの加入する組合は、昭和三四年一月一五日に結成され、本件就業規則の変更当時、パートタイマーを含む全従業員約二一〇名のうち九九名を組織しており、その上部団体として、全信労と全労連函館地方労働組合とがある。被控訴人には、控訴人らの加入する組合のほか、昭和五七年四月に結成された函館信用金庫職員組合があり、右の当時、約三〇名の組合員を擁していた。その他の従業員は、非組合員であっった。
(二)(1) 昭和五八年、被控訴人は、組合と欠勤控除問題で事務折衝をした際、同年八月実施の第二土休を特別有給休暇にしたいと申し込み、組合はこれを拒否した。その後、再度の事務折衝があった際、被控訴人は、特別有給休暇にせずに第二土休を実施する旨言明した。第二土休の扱いについて、団体交渉や労使の合意は格別されなかった。
(2) 被控訴人は、完全週休二日制の実施に備え、平日の勤務時間を延長したり、必要な場合にはいつでも変形労働時間制を実施できるようにするため、旧就業規則(甲一)を冊子手引に示された内容のものに改定する準備を始めた。
(3) 被控訴人は、昭和六三年九月ころ、全信労発行の新聞で得た情報により、組合が平日の勤務時間の延長と変形労働時間制導入に反対するものと予測していたが、被控訴人の理事長は、同年一〇月中旬の部店長会議の席上、被控訴人の経営実態に照らすと、完全週休二日制の実施に当たって、土曜日を休日にするとすれば、その分平日の勤務時間を延長せざるを得ないと説明した。 (甲二〇)
(三) 組合は、同年一一月七日、被控訴人に対し、同月五日の定期大会において年末臨給要求及び年末諸要求に関してストライキ権を確立した旨を通告し、同月一〇日、被控訴人に要求書(甲二、三六)を提出して、年末臨給に関する要求をしたほか、翌年二月からの実施が予定されている完全週休二日制への対応に関して、次の六項目の要求(以下「六項目要求」という。)をして団体交渉の開催を求め、同月一五日に団体交渉が開催された。
(六項目要求)
(1) 平日の労働時間の延長はしないこと
(2) 変形労働時間制の導入はしないこと
(3) 「土曜休日」は、従来の日曜、祝祭日同様の「休日」であることを表明すること
(4) 休日である「土曜休日」には、研修などは行わないこと
(5) 現在やむを得ず実施している松風町支店のCD出勤は、休日出勤であることを踏まえ、既に提出済みの組合要求で協定化すること
(6) 今後のCD・ATM稼働については、無人化で行うなど出勤不要の状態にすること (甲二)
(四) 被控訴人は、昭和五八年八月二日から第二土休を実施し、これを旧就業規則五六条三号所定の「被控訴人が特に指定する日」として休日にする扱いをし、昭和六一年八月から組合と格別の話合いをすることもなく、第三土休を実施していたところ、昭和六三年一一月一五日の団体交渉における主な議題は、年末臨給及び年末年始の早帰りについてであったが、翌年二月から実施予定の完全週休二日制についても話題になり、その関連で、被控訴人が既に実施していた第三土休を特別有給休暇扱いとしたなどと主張したことから、第三土休の扱いが大きな問題になった(後日、被控訴人は、第三土休を特別有給休暇扱いとしたという右主張を撤回した)。
(甲二〇、三七の1、乙三、五〇、控訴人小野寺進一本人)
(五) 被控訴人は、政令改正による完全週休二日制の実施に向けて冊子管理体制及び冊子手引に従って就業規則を改定することとし、組合の六項目要求に対し、昭和六三年一一月一七日付けの回答書(甲三)を組合に交付し、冊子管理体制を引用して、「信用金庫がその本来の使命、つまり会員、地域中小企業、地域住民への金融に万全を期し、かつ金庫職員とその家族の生活を保障するためには、何はさておき、信用金庫経営が確固たるものでなければならず、自由化がどのように進展したとしても不動のものであることが大前提である。そのためには、完全週休二日制実施、金利自由化進展の下で、当金庫の収益がどのようになるかを吟味し、そうした状況の下で、生産性をより向上させるために所定労働時間をはじめとした就業体制がどうあるべきか等について、現在検討中である。」とした上、就業規則の変更に当たっては、組合から意見を聴くこととなるので、六項目要求については、後日正式に回答する旨を伝えた。
(六) 被控訴人と組合は、同月二五日の団体交渉において、年末年始臨時休業について交渉したが、就業規則の変更については、何ら話し合われなかった。
四 新就業規則の制定・実施、その後の経緯等
1 新就業規則の制定・実施
証拠(甲一、四の1、2、五ないし七、九・一〇の各1、2、一八、二〇ないし二三、三七の1ないし21、五一ないし五三、一〇五、一一五、乙九ないし二二、五一、五四の1ないし5、五五ないし五九、控訴人工藤謙二・同小野寺進一各本人、被控訴人代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(なお、各項末尾の括弧内に掲記した証拠は、当該項目の事実認定に特に使用した証拠である。)。
(一)(1) 被控訴人は、昭和六三年一二月九日開催の理事会で就業規則を改定し、土曜日を休日にする代わりに平日の勤務時間を二五分間延長することを決定し、約二日間ほど検討して、全信協作成の冊子手引をほぼそのまま引き写した内容の新就業規則の成案を得、印刷会社に印刷、製本を発注した。
(乙五一)
(2) 被控訴人は、新たに休日となる土曜日の勤務時間を平日に割り振り、これによって延長された時間を勤務時間とすると、その分だけ時間外勤務手当の支給を免れ、コストダウンを図ることができることから、基本的に右の方法によることにし、これに従って計算すると、延長すべき時間は一日当たり二七分程度になったが、二五分を超える分を切捨てて、一日二五分間延長とすることにしたものである。
(甲二〇ないし二三、証人布施紀明)
(3) 冊子手引では、一四条の就業時間の始終業の時刻等、一五条の二の変形勤務時間制の始終業の時刻等、三五条の休暇の日数、附則の施行日が空白になっていたが、新就業規則案ではこれらが埋められている。また、五四条の長期療養欠勤の期間、五六条の休職期間の一部は、冊子手引より新就業規則案の方が短くなっている。その他は同一である。
(二) その後、同月一五日に第三土休の取扱いに関して団体交渉が行われ、その席上、組合は被控訴人に対し、就業規則の改定については、組合の意見を聴くだけで済ませず、間違いないようにして欲しい旨要望した。
(甲三七の8、乙五二)
(三) 被控訴人は、組合に対し、同月二二日付けの「就業規則の変更に関する申入れ」と題する文書(甲四の1)に労基署宛の使用者の就業規則変更届及び労働者代表の使用者宛の意見書の各用紙並びに新就業規則案(甲四の2)を添付して、就業規則の変更を申し入れ、平成元年一月二〇日までに意見書により回答することを求めたが、今後、組合が平日の勤務時間の延長及び変形労働時間制に関してどのような意見を提示しても、譲歩する考えは全くなく、右回答期限の約一〇日後の同年二月一日から新就業規則を実施する予定で、そのころ、新就業規則案と冊子手引を部店長にも配布した。
(甲五一、乙五三)
(四) 組合は、被控訴人が昭和六三年一一月一七日文書で、六項目要求に対して後日正式に回答する旨伝えてきたため、いずれ被控訴人から従来と同様の形式で回答文書が交付されるものと考えていたところ、被控訴人から正式回答がないまま、右の就業規則変更の申入れを受けた。
新就業規則案には、別規定への委任条項が多数あったのに、被控訴人は、不利益変更とは無関係であるとして、別規定を組合に示さなかった(被控訴人が組合に対し、右の別規定や差替資料を示したのは、新就業規則が実施されてから約四か月を経過した平成元年五月二五日になってからであった。)。
(五) 組合は、新就業規則案が、昭和三五年から約三〇年間実施されてきた旧就業規則を、縦書きから横書きへ変更し、八章一〇九条から一〇章一一三条へ条文の数を増やし、条文の配列も変更しているのみならず、その内容をも全面的に変更するものであるのに、目次が付けられておらず、新旧の対照表や説明書がなく、改正の要点などについて、口頭による具体的な説明さえもなかったため、組合員に対して、直ちに新旧就業規則の変更の概要を知らせることができなかったので、年末年始に組合員が手分けして新旧対照表を作成し、変更された規定、削除された規定、新設された規定などを調べ、特に不利益変更部分の有無、内容を把握しようと努めた。
(甲九の1、2)
(六) 被控訴人と組合は、昭和六三年一二月二七日と同月三〇日に事務折衝を行い、土曜日に自動機械(現金自動支払機(CD)、自動預入支払機(ATM))を稼働する場合の有人対応(前記三4(三)の六項目要求の(5)及び(6)に関連する問題)について話し合い、平成元年一月一九日、同月二〇日及び同月二五日に事務折衝を行い、パートタイマーの問題について話し合ったが、いずれの事務折衝においても、平日の勤務時間の延長など就業規則の変更については話題にならなかった。
(七) 全信労は、同月二五日付けの機関誌(乙二〇)に、中央執行委員会が同月一六日に傘下組合に対して行った呼びかけを掲載し、使用者は完全週休二日制の実施を千載一遇の機会として、全信協の指導的文書である冊子手引、冊子管理体制に基づいて、年末年始にかけて全国的に労働時間の延長等労働条件の改悪を提案し、強行しようとしているが、完全週休二日制と平日の勤務時間の延長等は次元の異なる問題であるから、職場で十分な話合いをし、同年二月一日が交渉のタイムリミットでないことを明らかにして、納得のいくまで交渉する態度を堅持し、印鑑を押さないで一月を越えて戦いを継続すること、労基署に対しては、事前に、交渉中であるから協議がつくまで就業規則改定の届出を受け付けないよう申し入れることなど、当面の取組みを呼びかけた。
(八) 組合は、① 新就業規則案には、事前に予想された土曜日を休日とすること、② 平日の勤務時間を延長すること、③ 一か月変形労働時間制を導入することの三点の変更以外に、④ 就業規則の適用される従業員の範囲が従来より狭くなったこと、⑤ 旧就業規則(五一条但書)は、営業時間を一時間過ぎた後、担当事務終了の従業員は所属長の許可を受けて退出することができる旨定めていたが、新就業規則には同旨の規定がないこと、⑥ 新就業規則では女子の時間外労働に対する規制が緩和されていること、⑦嘱託従業員の労働条件が変更されていること、⑧ 新規採用者の年休取得日数が変更されていること等労働条件に関して不利益に変更される部分が多いと判断されるが、変更する理由や根拠を理解できない部分がある上、委任条項の別規定が添付されていなかったため、就業規則変更についての意見書を作成する前提問題が欠けていることなどの考えから、被控訴人に対し、平成元年一月二〇日付け文書(甲五)をもって、就業規則変更に関しては、a 全面的に改定する意義、根拠が不明であり、条文に多数の疑問があり、改定理由の説明がないこと、b 同年二月から実施される予定の完全週休二日制に関しては、就業規則の全面改定は不要であり、土曜日を休日として追加すれば足りること、c 被控訴人の提案した新就業規則は、労働条件を不利益に変更する部分があり、その部分については労使協定なしに変更することはできないこと、以上の三点を理由に意見書での回答は差し控えるが、新就業規則案の疑問点などについて団体交渉により説明を受ける用意があるので、新就業規則を一方的に強行しないよう申し入れた。
(九) 組合は、被控訴人から同月二七日付け文書(甲六)で、労基署に就業規則の変更届けをする旨の通知を受けたが、右文書には、① 改正に当たって全信協の策定したモデル(冊子手引)を参考にして、できる限り不利益とならないように配慮したこと、② 年間所定労働時間は、九時間三五分短縮になること、③ 一か月単位の変形労働時間制を取り入れたこと、④ 道内の他金庫の動向等を十分配慮したことが記載されていた。しかし、年間所定労働時間が九時間三五分短縮されるとの点は、平成元年一月から同年一二月までの間で計算すると、被控訴人が五月の連休の部分で休日を一日見落としたことや、その後一二月に天皇誕生日が新設されたことから、実際に短縮になる時間はゼロであった。
(甲二〇ないし二二)
(一〇) 組合は、同日、労基署にこれまでの経緯を説明し、被控訴人から就業規則を変更する旨の届出が提出されても、これを受理しないよう要望した。
(一一) 被控訴人は、平成元年一月二七日、組合の前記「回答を差し控える旨」の書面を労基法九〇条二項所定の書面として新就業規則に添付し、労基署に就業規則を変更する旨の届出をしたが、労基署は、同月三〇日、被控訴人に対し、右届出を受理できないこと、及び組合と交渉すべきことを指導した。 (甲一一五)
(一二) 被控訴人は、同年一月三〇日、全従業員分の新就業規則(甲七)を部店長に交付し、翌日夕方に部店長から全従業員に対し、同年二月一日から新就業規則を実施する旨説明するよう指示した。
(一三) 被控訴人は、同年一月三〇日午後四時五〇分ころ、組合に対し、同日中に団体交渉をすることを申し込んだが、組合から同日中は無理であると拒否され、翌日午前八時三〇分から団体交渉を行うことを合意した。
これまでの団体交渉は、主として組合から被控訴人に申し込んで行われることが多かったが、被控訴人が退職金規程を従業員に不利益に変更しようとした際、被控訴人から組合に対して団体交渉を申し込み、組合がこれに応じて長時間協議を継続し、組合も納得の上、従業員に不利益ではあるが、昭和五九年一月二六日、退職手当支給に関する協定を締結したこともあった。
(一四)(1) 被控訴人と組合は、平成元年一月三一日午前八時五〇分ころから午前一一時二五分ころまで、本件変更に関する団体交渉をしたが、冒頭、被控訴人の理事長(昭和六一年六月就任)が、「今回の団体交渉は、労基署の指導を受けたので行うことにした。これまで団体交渉をしなかったのは、組合には十分な検討時間を与えたのに、意見を差し控えるなどという態度で、団体交渉をしても組合の答えは分かっており、無駄だからである。団体交渉は、新就業規則を労基署に受理してもらうために、一〇分程度形だけ行えばよい。」などと発言したため紛糾し、その後、主として平日の勤務時間の延長について交渉したが、合意するに至らなかった。
(2) この日の団体交渉における被控訴人と組合の主張は概ね次のとおりである。
(組合)
完全週休二日制による土曜休日は当然であり、就業規則を改定することとは別問題である。就業規則の改定には労使合意が必要である。第二、第三土休の際には、顧客サービスに関して、特段の問題はなかった。今回の改定は、顧客サービスの低下を理由にしているが、本当の理由は、労働時間の短縮による賃金コストの上昇を避けるため、賃下げをすることにあるのではないか。平日の勤務時間の延長は、国が完全週休二日制を進めようとする精神に反するし、労働者の不利益になるので反対する。被控訴人は、顧客に国の施策を説明して対応すべきである。本件変更については、協議ルールを作って三月一杯時間をかけ、全条にわたって協議を続け、合意できるものは合意したい。
(被控訴人)
土曜日を休日にすると、① 顧客サービスが低下すること、② 人件費コストが上昇すること、③ 被控訴人に対する信頼が失われることなどの影響が出るので、平日の勤務時間を延長する必要がある。被控訴人らの現状に照らして、就業規則の改定は、決して無理なものではない。完全週休二日制は国の方策であるが、厳しい環境を乗り越えるため、現状認識に立って、顧客が不便を来さないようにしなければならない。信用金庫の使命、中小企業という立場からも、被控訴人から顧客を説得することはできない。密度の濃い仕事をするのは当然である。就業時間と休日については、同年二月一日から新就業規則のとおり実施したい。その他の事項は協議を続けるとしても、同月一五日くらいまでである。
(甲三七の9、10、12、乙五七)
(一五)(1) 組合は、銀行が同年二月一日からの完全週休二日制の実施に至るまで、第二土休、第三土休を漸次実施して賃金のコストアップを吸収できる準備をしていたのであるから、労働時間の短縮の趣旨を生かすためにも、原則として、コストアップは被控訴人が負担すべきものと考えていたが、同年一月三一日の団体交渉で、被控訴人に対し、平日の勤務時間を二五分間延長しなければならない具体的なデータの説明を求め、議論を詰めようとしたものの、被控訴人から具体的な数値などについての回答はされなかった。
(2) 被控訴人は、当時、組合と今後団体交渉で勤務時間及び休日について協議することを確認したものの、平日の勤務時間の延長及び変形労働時間制の導入に関して、組合に対して譲歩する考えは皆無であり、組合が右の二つの問題で譲歩するとも考えていなかった。
(3) 一方、組合は、被控訴人の提案を絶対拒否するという考えではなく、被控訴人から納得できる説明があれば、譲歩することも考えられないではないとの意向であり、協議期間の長短はともかく、被控訴人が平日の勤務時間の延長及び変形労働時間制の導入について、被控訴人が継続審議に応じるものと考えていた。
(控訴人小野寺進一・同工藤謙二各本人)
(一六) 被控訴人は、前記団体交渉の直後、労基署に対し、団体交渉の経過を報告して、就業規則変更届の受理を求めたが、容れられなかった。しかし、被控訴人は、部店長に対し、製本された新就業規則を全従業員に配布して、翌二月一日の夕礼の際に、同日から新就業規則を実施することを徹底するよう電話で指示した。被控訴人の職場では、同年一月三一日から同年二月一日にかけて全従業員に新就業規則が配布され、新就業規則の実施により、始業は午前八時四五分、就業は午後五時二〇分となった旨通知された。
(一七) 組合は、これまで労働条件の変更に関しては、被控訴人と時間をかけて交渉、協議をしてきたのに、今回、被控訴人が半日の団体交渉をしたのみで、継続審議の約束に反して、新就業規則を平成元年二月一日から突然実施したとして抗議し、同月二日、被控訴人に抗議文を交付して団体交渉を要求し、同月八日、抗議のための争議行為(指名ストライキ)を行った。組合は、この間の同月六日、被控訴人から、理事長が出席して団体交渉をすることが可能な日は、同月九日、一三日、二〇日、二七日、二八日である旨の連絡を受けた。しかし、大蔵省の定期検査が同月一四日に入り、大蔵省の査定が同月二七日から同年三月一日まで入ったことなどから、同年二月九日に団体交渉が行われたのみであった。
(乙九、一〇)
右の団体交渉では、組合が新就業規則の実施を保留することが先決であると主張し、被控訴人は、少なくとも平日の勤務時間の延長だけは実施すると主張して実質的な話合いはできなかった。 (乙五九)
(一八) そこで、組合は、被控訴人に対し、同月二二日付けの「就業規則に関する要求書」と題する書面(甲九の1、2)をもって、本件変更により不利益になると考えられる部分等についての主張をし、同月二八日までに文書で回答するように求めた。
これに対して、被控訴人は、同月二七日付け「就業規則に関する回答書」と題する書面(甲一〇の1、2)で、特例による退勤時間に関して旧就業規則(午後四時から)と同様の規定(午後四時二〇分から)を設けることや有給休暇に関しては組合に譲歩するが、その余は譲歩できないとの趣旨の回答をした。
(一九) 組合は、同年三月七日、本件変更を調整事項として、北海道地方労働委員会(以下「地労委」という。)に対し、あっせん申請書(乙二一)を提出したが、同月二三日、不調で打切りとなり、同年四月一九日、新就業規則は労基署に受理された。
2 その後の経緯等
証拠(甲一七、四六、五二ないし五四、乙二二、控訴人工藤謙二・同小野寺進一各本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(なお、各項末尾の括弧内に掲記した証拠は、当該項目の事実認定に特に使用した証拠である。)。
(一) 被控訴人と組合は、完全週休二日制の実施と本件変更に関し、平成元年七月六日に団体交渉をしたが、双方の言い分は平行線をたどり、妥結するに至らなかった。控訴人らは、同年八月二五日、本件訴えを提起し、一方、被控訴人は、組合の職場討議の際、組合員が組合執行部に反対しないことを非難する趣旨を記載した被控訴人理事長名義の同日付け文書(甲四六)を従業員に配布した。
(二) 組合は、その間の同年五月、被控訴人が本件変更に関し団体交渉を拒否し、一方的に新就業規則を実施して組合に支配介入をしているなどとして、地労委に不当労働行為救済命令申立てをし、地労委は、平成二年八月六日、被控訴人に対し、① 完全週休二日制に伴う労働条件の変更に関する団体交渉に誠意をもって応じること、② 団体交渉を拒否したり、あるいは組合と誠意をもって団体交渉を行わなかったり、更に一方的に労働条件に関する就業規則を変更したりして、組合の運営に支配介入してはならないこと、③ 陳謝文を掲示することを命じたが、被控訴人は中央労働委員会に再審査を申し立て、現在審理中である。
(甲一七)
(三) 平成元年一一月ころから約二か月間に組合員三四名が組合を脱退したところ、組合は、平成二年四月一一日、地労委に対し、右のように組合員が組合を脱退したのは、被控訴人による昇給、昇格、人事異動などを利用した組合脱退工作などの支配介入が原因であるなどとして、不当労働行為救済命令申立てをし、地労委は、平成三年二月一八日、被控訴人に対し、① 組合の意思決定に介入するなどの内容を記載した文書を全従業員に配布したり、組合員に対し、ことさら午後五時からの時間外手当の請求をしないように求めたり、組合からの脱退を勧誘するなどして、組合の運営に支配介入してはならないこと、② 陳謝文を掲示することを命じたが、被控訴人は、中央労働委員会に再審査を申し立て、現在審理中である。
(甲五二)
(四) 北海道内の他の信用金庫でも、完全週休二日制の実施に伴い、平日の勤務時間の延長や変形労働時間制の導入など、就業規則の変更が労使間で問題となったが、平成元年二月一日以後も労使協議を継続し、就業規則の実施時期を繰り下げた信用金庫や平日の勤務時間の延長を行わなかった信用金庫もあった。
五 本件変更の必要性について
1 銀行法の定める休日の意義と労働者の期待
前記三1(四)に認定した事実並びに銀行法の規定の文言、趣旨及び沿革等に照らせば、新旧銀行法の定める休日は、銀行の営業しない日を定めたものであって、直接、銀行労働者の休日を定めたものではなく、労基法制定後は、同法の定める休日と銀行法の定める休日とは、法制度上は明確に区別されており、銀行は、就業規則に銀行法の休日を労働者の休日とする旨規定し、労働者はこれに従ってきたものということができる。銀行法や政令の改正により、休日が定められた場合にも、個別の銀行においては、必ずしも就業規則の改定が行われないまま、銀行法の休日が労働者の休日として扱われる例が多かったが、この事実だけでは、労使の交渉がなかったということはできず、現に、第二土休、第三土休の実施に際しては、労使の交渉が行われていたのであるから、銀行関係においては、銀行法の定める休日をもって直ちに労働者の休日とする旨の労使慣行があったとまでいうことができない。
しかしながら、国は、労働時間の短縮を求める労働者の要求とわが国の長時間労働に対する諸外国の非難に応えて、週休二日制を中心とする労働時間の短縮を積極的に推進することを重要な施策とし、これを実現するため、銀行については、労働時間が短縮されても金利算定の期間が変更されるわけではないことなど、労働時間の短縮によるマイナス効果が少なく、かつ、国民経済の動脈ともいうべき銀行における労働時間の短縮には、全国的な波及効果が期待できたことから、まず、銀行から労働時間の短縮を開始させることとし、これを実現する前提として、銀行の休日を規定していた旧銀行法を新銀行法に改め、その後、政令の改正を重ねてきたものであり、このような銀行法及び政令が改正された社会的背景を考慮すると、銀行労働者の労働時間の短縮を実現するための前提として、銀行の非営業日である休日を増やす必要から、銀行法や政令の改正が行われたことは明らかであるから、右法令の改正は、銀行経営者にとっては労働時間の短縮(そして就業規則の変更)を迫られる外部的な要因であったが、控訴人ら銀行労働者にとっては、永年の要求である労働時間の短縮を実現する大きなステップであって、銀行法及び政令が改正されて休日が増加すれば労働者の休日も増加するものと期待することは自然なことであり、右の期待をもって、一概に不合理であるということはできない。前記のとおり、控訴人らの主張する銀行法の改正が、直ちに控訴人らの休日を増加させるものとする労使慣行の存在を認めることはできないが、本件変更に合理性が存在したかどうかを判断する際には、被控訴人にとっての右外部的要因と控訴人らの右期待を無視することはできないというべきである。
2 土曜日の休日と銀行業務への影響
前記二に認定した事実並びに証拠(甲五八、六〇、六一、六六、一一五、乙三七、三八、四六、証人布施紀明、控訴人小野寺進一・同扇谷憲三・同望月啓各本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(なお、各項末尾の括弧内に掲記した証拠は、当該項目の事実認定に特に使用した証拠である。)。
(一) 金融機関の完全週休二日制の実施に伴い、土曜日の窓口業務量の相当部分が平日の開店時間内に処理されることとなり、平日の業務量が増加するが、閉店(午後三時)後の集計処理等の業務は、基本的には午後五時のオンラインシステム終了時間までに処理される。
(二) 金融機関においては、第二土休、第三土休、完全週休二日制へと、順次実績等を検証しながら段階的に実施されてきたものであり、平成元年二月一日から完全週休二日制の実施が突如要請されたものではない。この間、第三土休の実施に際し、平日の労働時間を一〇分間ないし一五分間延長する動きが一部の金融機関にあったが、大蔵省銀行局長は、昭和六一年一一月二六日参議院大蔵委員会において、「時間延長が非常に行き過ぎた結果として週休二日制を拡大した趣旨が損なわれるような事態は、大蔵省としても好ましいことではないと考える。」旨答弁している。また、昭和六三年六月七日の衆議院大蔵委員会金融機関の週休二日制に関する小委員会において、銀行協会の週休二日制特別委員会の委員長である高橋貞巳は、土曜日の支払業務、残高照会は機械化で対応できるので、ほかの業務にはね返ることはない旨、また、それ以外の業務については、平日の事務量の増加につながることになるが、ストレートに平日の残業がそれだけ増えることはなく、機械化の推進、事務の合理化、簡素化等で吸収することが可能ではないかと考えている旨の答弁をしている。 (甲一一五)
(三) 昭和五八年から平成元年までの間について、被控訴人における時間外勤務手当を受給する資格のある従業員一人当たりの午後五時以降の平均実労働時間をみると、次に掲げるとおりである。これによると、新就業規則が実施された平成元年の従業員一人当たりの右労働時間は、前年より八時間四三分増えただけで、昭和五八年とほぼ同程度である。このことは、土曜日が休日となったことが平日の実労働時間にはさほど影響を与えていないことを示している(ただし、平成元年は二月一日以降始業時間が五分間早くなったので、その分を加味する必要がある。)。
昭和五八年 一八五時間五八分
昭和五九年 一五五時間八分
昭和六〇年 一七二時間四分
昭和六一年 一六五時間三四分
昭和六二年 一七〇時間五分
昭和六三年 一七七時間
平成元年 一八五時間四三分
(四) 土曜日が休日になってもその分だけ平日の実労働時間が増加しないのは、被控訴人が従来から進めてきた機械化の影響もあるが、以下のとおり、銀行業務の特殊性やオンラインの利用による業務処理により、土曜日から平日に回った仕事は、平日の午後五時までの労働に基本的に吸収されたことによるものである。
(1) 新就業規則は、完全週休二日制に対応して、第一、四、五土曜日を休日と定めたので、従来、右の土曜日に来店していた顧客は、平日午前九時から午後三時までの開店時間帯に来店することになるから、右時間帯に来店する顧客数が従来よりは増加することになる。現に、新就業規則の実施後は、右時間帯(特に月曜日、金曜日)の顧客数が増えて窓口業務は多忙になり、右時間帯における窓口業務の処理件数は増加している(湯川支店と中道支店の平日の来客数は、一か月平均約四〇人ないし五〇人増加している。ただし、顧客のうち企業のように、平日も土曜日も頻繁に来店していた顧客は、土曜日に行っていた預入れや払戻しを平日に行う預入れや払戻しと一緒に行うようになるから、土曜日の顧客数がそのまま平日に増加するとは限らない。)。
(2) 従業員は、平日の来客数が増加しても、顧客に対する対応を午前九時から午後三時までの間に完了しなければならないので、右時間帯に窓口業務以外の業務を行えない場合が生じ、従来の終業時間である午後五時までに処理できない仕事が出てくる可能性がある。しかし、右の可能性を検討する際、被控訴人が採用しているオンラインシステムによるいわゆる強制締め上げの制度を考慮しなければならない。
被控訴人は、毎日の各店の預金、為替、貸出金その他各種の伝票集計を北海道信金共同事務センター(以下「北信共」という。)のホストコンピュータを利用し、オンラインシステムによって処理している。その方式は、午後三時半ころ、すべての伝票が計算係に集められ、勘定科目毎に区分けされた上、集計されてコンピューターに入力されるが、各勘定科目毎の集計額が正確に入力され、前日の現金の在り高(小切手等の入金を含む。以下同じ。)に当日の入出金額を加減した額と当日の現金の在り高とが一致して、初めて締め上げ作業が完了し、締め上げ完了後は、すべての勘定科目について、入出金取引が不可能となる(いわゆる強制締め上げ)というものである。さらに、オンラインシステムは、原則として午後五時には終了し、勘定と在り高が一致していなくても、強制的に締め上げ処理を行って、当日の勘定と在り高を確定させ、不一致の場合の過剰金または不足金は、別勘定科目に自動的に記録され、従業員が不一致の原因を突き止めても、翌日以降でなければ訂正処理を行うことのできない方式であり、新就業規則の実施の前後で、右の取扱いに変更はない。北信共にオンラインシステムの延長を申し出た場合、延長のための費用を負担しなければならず、被控訴人が延長を申し出た例は、ほとんどない。なお、オンラインシステムの終了時間の延長は、特定の信用金庫のために行っても、北信共加盟の信用金庫すべてに影響するシステムになっているので、本件変更前から、月末や五、一〇日などに延長されることはあったが、本件変更の影響を受けて、延長を申し出た例はなかった。そのため、従業員は、機械入力処理までの一連の作業を午後四時三〇分ころまでに終了させるため、限られた時間の中で張りつめた緊張感を持続させて、すべての窓口の勘定を一致させることに努め、勘定を一致させた上で、締め上げを完了させるようにしていた。
(甲六一、乙三七、三八、控訴人扇谷憲三本人)
したがって、控訴人ら従業員は、新就業規則により平日の就業時間が午後五時二〇分まで二〇分間延長されても、基本的には午後五時の強制締め上げ完了までに事務処理をしなければならない状況におかれていた。
なお、ATMを利用して入金する場合は午後六時まで(松風町支店は午後七時まで)オンライン処理が可能であるが、これは、コンピューターが自動的にするので、従業員の作業は不要である。
(3) 得意先係など訪問活動をする従業員についても、完全週休二日制の実施による土曜日休日の影響は、平日特に週初や金曜日の業務量の増加になって現れているが、時間外勤務を縮減するようにとの上司の指導もあり、早出勤務をしたり、昼休み時間を自主的に削減して業務に振り向けるなど、日常業務の労働密度を強化して、基本的には、平日の午後五時までの勤務時間内に吸収しているので、午後五時以降の実労働時間数は、本件変更の前後で大きな差はない。 (甲五八)
(4) 本部における事務管理部門では、自動振替の顧客が増加したこともあって、本件変更の前後を通じて、午後五時以降の実労働時間に大きな変化はなく、その他の債権管理、検査、経理、融資、人事、総務、業務等の部門も、土曜日が休日になったことの影響をほとんど受けていない。
(甲六〇、控訴人望月啓本人)
(五) 既に機械化が不可欠とされる時勢になっていたため、被控訴人においては、昭和六〇年ころから、順次全店舗に夜間金庫、CD、ATM、オートキャッシャー(AC)、紙幣整理機、貨幣選別機、両替機等を計画的に導入して、事務の合理化、省力化を図ってきたが、年々人員の削減も行い、平成元年一一月からは、土曜日は完全無人化された。なお、顧客がATMを使用することにより、窓口業務はある程度減少するが、機械化で対応できない業務(例えば公共料金の振り込み送金)もあるため、機械を利用した顧客がすべて窓口を利用しなくなったということはできず、窓口利用率は、三分の一ないし四分の一程度である。
(甲六六、乙四六、証人布施紀明、控訴人小野寺進一本人)
3 完全週休二日制と被控訴人のコスト負担等
(一) 前記のとおり、昭和五八年八月から第二土休が、昭和六一年八月から第三土休がそれぞれ実施されてきたので、新就業規則は、実質的に第一、第四、第五土曜日を休日としたものであるから、休日の増加や所定労働時間の減少に関しては、これを前提に計算すべきことになる。
証拠(甲二三、六七)及び弁論の全趣旨によれば、本件変更により、第一、第四、第五土休が実施されるとともに、平日の労働時間は二五分間延長されたが、これらを差引き計算すると、年間所定労働時間(いずれも一月から一二月まで)は次のとおり、一〇年間で七〇時間五〇分、年平均七時間五分短縮となる(括弧内は平日の日数である。)こと、右一〇年間の平日の日数は年平均247.9日であるから平日一日当たりの平均短縮時間は約一分四二秒となることが認められる。
平成 元年(二四九日)
〇分
平成 二年(二四八日) 五時間
平成 三年(二四七日) 五時間二五分
平成 四年(二四八日) 一三時間二〇分
平成 五年(二四八日) 九時間一〇分
平成 六年(二四七日) 一三時間四五分
平成 七年(二四九日) 二五分
平成 八年(二四八日) 五時間
平成 九年(二四七日) 九時間三五分
平成一〇年(二四八日) 九時間一〇分
(二) 証拠(甲二三、五五、五六、証人布施紀明、控訴人小野寺進一本人)及び弁論の全趣旨によれば、① 完全週休二日制を実施して、平日の労働時間の延長を行わなかった場合には、賃金単価が上昇するため、時間外勤務手当が増加することになる。被控訴人は、右の増加がどの程度になるかを具体的に計算したことはないが、ごく大まかに三〇〇万円ないし五〇〇万円程度になるのではないかと考えていたこと、② 組合は、時間外勤務手当の一時間当たりの単価の上昇分102.3円(前記二1(一)(1)参照)を平成元年の年間時間外総労働時間2万9158.42時間(推計)を乗じて、二九八万二九〇六円と試算していたこと、③ 完全週休二日制で土曜日が休日となる場合に、水道光熱費等のランニングコストが減少することも明らかであり、被控訴人は、その額を年間二〇〇万円ないし三〇〇万円と見込んでいたこと、以上の事実が認められる。
右の事実によれば、右ランニングコストの減少分は、完全週休二日制を実施して、平日の勤務時間を延長しない場合に、賃金単価の上昇により、従来よりも多く支払わなければならない時間外勤務手当相当分とほぼ見合うことになる。
(三) 被控訴人が進めてきた機械化は、基本的には、完全週休二日制の実施とは別に、もともと予定されていたものであり(前記2(五)参照)、完全週休二日制に備えて新たなコストを負担したというわけではない上、機械化に伴うコスト負担は、機械導入時に大きな負担があるが、その後は、ランニングコストの負担だけですむ性質のものである。
(四) 前記二及び四に認定した事実によれば、完全週休二日制の実施に伴って、被控訴人が行った平日の労働時間の延長が、これを伴わない場合に比較すると、被控訴人の時間外勤務手当の負担を毎年八〇〇万円ないし一〇〇〇万円程度免れている(前記二1参照)のであるから、全体としてみると、被控訴人は、新就業規則を実施したことにより、人件費(時間外勤務手当)を削減したことになる。
4 被控訴人の経営状態等
証拠(甲五一、六二、六四ないし六六、六八、九四、一〇〇、乙三九、四四、証人布施紀明、被控訴人小野寺進一本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(なお、各項末尾の括弧内に掲記した証拠は、当該項目の事実認定に特に使用した証拠である。)。
(一) 被控訴人は、中小企業である法人や個人の会員からなる信用金庫で、函館市内に本・支店一〇店、同市外に五店の店舗を有しており、函館市を中心に営業し、競業相手としては、都市銀行三行、地方銀行四行、信用金庫二行など一四行四七、八店舗のほか、郵便局、農業協同組合、漁業協同組合等がある。 (乙四四)
被控訴人は、大蔵省から、昭和五六年九月、組合役員も同席した上で、役員主導の融資審査・管理や情実的な融資の姿勢が改まっておらず、不良債権が多く、資産内容、貸出審査能力、貸付金の回収及び内部事務管理に問題があると指摘され、以後、大蔵省の決算承認金庫として、経営内容改善の指導を受けるようになったが、その後、昭和六〇年にも大口の不良債権が発生し、本件変更が問題になる直前の昭和六三年には余剰資金の運用の失敗で多額の資産償却をしなければならなかった。この間、昭和六二年四月三〇日、北海道財務局長から文書(甲六四)により、融資判断の甘いものや債務者の業態把握が不十分なものがみられること、過去の厳正さを欠いた仕振りから、多額の要償却債権が表面化し、資産内容が著しく悪化していること、資産運用も証券会社任せであり、有価証券は多額の評価損を内包していること、内部事務管理は、営業店役席者の日常の管理不徹底、従業員の問題意識の不足等から、多数の現金過不足事故等がみられることなどが指摘されて、資産内容の健全化や内部事務管理の徹底等に関する実効ある改善策を示すように求められた。被控訴人の昭和五七年度から平成三年度までの損益計算書から貸出金償却と有価証券償却をみてみると、貸出金償却は、多い年度で四億九二六五万円余、少ない年度で一〇七七万円余、有価証券償却は、多い年度で三億六八二六円余、少ない年度で一〇三万円余である。 (証人布施紀明)
(二) 被控訴人の昭和六一年三月期の預金量、利益率、経費率、人件費率等の数値により経営効率を分析し、安定性、成長性、生産性などの指標の得点を他の金庫と比較すると、道内三三金庫中三一位、全国四五六金庫中四四一位と下位にあり、預金量で同規模の金庫と比較すると、全国六三金庫中六二位であり、一人当たりの人件費は、道内の金庫の平均が五二〇万円であるのに対し、被控訴人は五五九万円で、従業員一人当たりの当期利益は、全道平均が一八一万三〇〇〇円であるのに対し、被控訴人は六〇万八〇〇〇円であり、コスト高のため、預金金利と経費が貸出金利を上回るといういわゆる逆ざや現象が生じていた。右の傾向は、昭和六二年、昭和六三年も変わらなかった。大蔵省は、金庫の自己資本比率を四パーセント以上にするよう指導し、平成元年における全道平均は、7.05パーセントであったが、被控訴人の自己資本比率は3.5パーセントにすぎず、四パーセントを割っているのは、全道で被控訴人のみであった。一方被控訴人の所定労働時間は、旧就業規則の適用されていたときは、年間(一月から一二月)一八八八時間四〇分で、完全週休二日制の実施に伴い、土休の分を平日に振り分けなければ、年間の所定労働時間は、一七七〇時間一〇分となる状態であり、定年退職した場合の退職金額は、道内の信用金庫では上位にあった。
被控訴人は、以上のような経営状況にあったため、昭和六二、三年ころから、都銀及び地銀がその営業対象を中小企業に広げてきた際、金利競争で不利な状態になっていた(信用金庫の貸出金利は、一般的に都銀及び地銀より一パーセント程度高くなる傾向にある。)。
(三) 被控訴人は、昭和六〇年度から平成元年度までの五年間、定期昇給のみを行い、従業員のベースアップを行わず、一〇年間は役員報酬も据え置かれ、一定の役員の賞与は支給されず、年々人員を削減して(昭和五九年三月期に二二四名いた人員は、平成元年三月期では一九三人に減り、その後も漸減し、平成五年三月期には一八八名になった。)、人件費も削減してきた(年平均給与を五〇〇万円として三〇名削減すると一億五〇〇〇万円の削減になる。)ため、給与水準は、他金庫に比べて低くなった。
平成四年度で道内の八金庫(網走、伊達、釧路、室蘭、渡島、小樽、厚岸、夕張)との年代別年収を比較すると、二二歳(独身)では七位、二五歳(妻帯者)、三〇歳(妻、子一)、三五歳(妻、子二)、四〇歳(妻、子二)、五〇歳(妻、子二)では、いずれも最下位の九位である。
(四) 被控訴人の経営状態は、良好とはいえないが、長期的に観察すれば、収支基調は順調であり、近年、被控訴人の利益は次第に増加し、上向いている。被控訴人の営業報告書により内部留保(法定準備金と特別積立金)の額をみると、昭和五〇年から平成七年までは年々増加し、昭和五一年三月期の指数を一〇〇とすると、平成元年三月期には三七一、平成七年三月期には五七五に達し、人件費の増加率(昭和五一年三月期を一〇〇とすると、平成元年三月期は一五〇、平成七年三月期は一六七)をはるかに上回っている。平成三年度で見ると、預貸率は55.61パーセントで前年より増加し、人件費率は1.47パーセント、物件費率は0.74パーセントでいずれも前年より減少し、右各指数は道内の金庫ではいずれも中位にあり、平成七年度(平成八年三月期)は三億数千万円の当期利益が見込まれている。
(五) 平成七年四月から平成八年三月までの被控訴人の勤務時間を全信労加盟の道内の一〇金庫の中でみると、一日の拘束時間(八時間三五分)と実働時間(七時間三五分)では六位、年間所定労働時間(拘束時間二一二〇時間五分、実働時間一八七三時間五分)では五位と中位に位置し、この傾向は全国的な比較でも同様である。
(甲九四)
5 他の信用金庫の動向
証拠(甲一〇七ないし一一一、控訴人工藤謙二本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(なお、各項末尾の括弧内に掲記した証拠は、当該項目の事実認定に特に使用した証拠である。)。
(一) 小樽信用金庫においては、平成元年二月一日から週休二日制を導入するに当たり、本件におけると同様の紛争が生じ、その従業員は、同年八月二五日、本件と同様の訴えを提起したが、同日、同信用金庫が従業員側の要求するような完全週休二日制の要求を容れて、訴訟外で和解が成立した。
(甲一〇九)
(二) 厚岸信用金庫においては、平成元年二月一日から、月一回の土曜日出勤及び月四回の特定日における所定労働時間の延長がされた。その従業員は、同年八月二五日、本件と同様の訴えを提起し、同信用金庫が従業員側の要求するような完全週休二日制の要求を容れて、平成四年七月に和解が成立した。
(甲七八、一〇九、控訴人工藤謙二本人)
(三) 伊達信用金庫においては、平成元年二月一日から、週休二日制を採用したことに伴い、変形勤務時間制を導入して終業時間を延長し、右の延長時間については時間外勤務手当を支払わないこととした。その従業員は、同年一一月、本件と同様の訴えを提起し、平成七年三月二七日、同信用金庫勝訴の一審判決の言渡しを受けたが、平成八年一一月二九日、労使交渉の結果、同信用金庫が従業員側の要求を容れ、前記勤務制の廃止等を内容とする和解協定を訴訟外で締結して、右の紛争に決着を付けた。
(甲一〇八ないし一一一)
(四) 網走信用金庫の経営状態は、平成元年当時、不良資産償却のため厳しい状況にあったものの、経営者はコスト削減策として、平日の労働時間の延長ではなく、ボーナスの削減や人員削減に重点を置き、同年二月一日から、完全週休二日制を無条件に導入したが、第二土休、第三土休による業務対応の経験が生かされ、顧客とトラブルもなく、人件費は同年三月以降顕著に低下している。 (甲一〇七)
6 本件変更の必要性とその内容
以上認定の諸事情を総合勘案すると、次のようにいうことができる。
(一) 本件変更が行われた当時、被控訴人の経営状況は、道内信用金庫の中で下位にあって、自己資本率を向上させる必要に迫られていたが、被控訴人が厳しい経営状況に陥った原因は、 経営者が安易な貸付けをして、それが不良債権化したり、資産運用としてした有価証券投資が失敗して、多額の評価損を生じるに至ったことなどに主たる原因があったのであって、経営者側に多くの問題があったことによるものということができる。
本件変更は、経営の苦しい被控訴人がその労務管理や経営上の必要があって自ら進んで行ったものではなく、国の政策としての完全週休二日制を中心とする労働時間の短縮を実現するために銀行法及び政令が改正されて、信用金庫の休日が増えたことから行われたものである。すなわち、被控訴人は、平日の勤務時間の延長自体を目的に本件変更をし、その見返りに土曜日を休日としたものではなく、政令の改正に合わせて、不本意ながら、就業規則で土曜日を従業員の休日とし、その見返りとして、平日の勤務時間を延長したものということができる。
(二) 土曜日が休日になると、所定労働時間が減少し、賃金単価が上昇するので、経営者がその上昇を抑さえようとすると、平日の勤務時間を延長しなければならなくなる。しかし、このような手法によることは、国が度々強調していたところの労働者の福祉を向上させるという労働時間短縮の趣旨を著しく減殺するものであるのみならず、平日の勤務時間の延長は、従業員の平日の勤務に関する既得の権利を奪うものにほかならない。
もっとも、完全週休二日制の実施によって、新たに第一、第四、第五土曜日が休日となるので、これに伴って、従業員は、右各土曜日の所定労働時間がなくなるとともに、通勤時間も必要でなくなり、また、右各土曜日をそれに続く日曜日と連続して使用することができるという利益を得ることになるのであって、特に、右各土曜日を自由に使用することができることになるという利益は決して小さいものではない。しかし、所定労働時間の短縮分に限っていえば、被控訴人が、前記各土曜日の所定労働時間の全部を平日の所定労働時間として割り振ったところ、一日当たり二七分間程度になったので、切りの良い二五分間を超える部分を切り捨てることとした結果生じたにすぎないものであり、平日一日当たりの平均短縮時間は二分足らずであり、したがって、短縮される時間も極めて僅かなものにすぎないのであって、この利益を大きなものと評価することは相当でない。
(三) ところで、銀行の休日が直ちに当該従業員の休日を意味するものでないことは、既に述べたとおりであるが、昭和五八年に行われた第二土休及び昭和六一年に行われた第三土休の際の経験に照らしてみても、銀行の休日に従業員を出勤させなければならない業務上の必要は乏しいものということができるので、第一、第二及び第五土曜日が銀行の休日とされることは、実質上は、右各土曜日を従業員の休日とすることと大差がないものということができ、この意味において、銀行法及び政令の改正は、実質上、銀行に対して従業員の休日を増やすことを強制するに等しいものと評価することができる。そうすると、本件においては、法令の改正によって生じた右のような事態によるコストを、使用者側に負わせるのが合理的か、それとも、休日の増加によって利益を受ける従業員側に負わせるのが合理的かという点も、重要な意味を帯びてくるといわなければならない。
(1) 被控訴人側の試算によれば、本件変更による新たな土休の増加により、削減される水道高熱費等のランニングコストが年間二〇〇万円ないし三〇〇万円になるところ、午後五時から午後五時二〇分までの時間帯を所定労働時間に組み入れなければ、土休による賃金単価の上昇により、時間外勤務手当が年間約三〇〇万円程度増加することになるので、右両者は、ほぼ見合っているということができる。ところが、新就業規則に従い、平日の勤務時間を延長して、従来、時間外勤務の対象となっていた午後五時から午後五時二〇分までの時間帯を所定労働時間に組み入れ、そのため、従業員に従来支払っていた右時間帯の時間外勤務手当を支払わなくてもすむようになると、その額は年間八〇〇万円ないし一〇〇〇万円程度に達するのである。
(2) 被控訴人が機械化にコストをかけたといっても、機械化自体は、時代の趨勢で避けられないこととして、もともと予定されていたことであり、完全週休二日制の採用と直接関係するものではなく、また、機械化のための費用負担は、導入時に大きな負担がかかっても、その後は作動させ維持するための費用を負担するだけですむのであるから、前記の時間帯の時間外勤務手当の支払を免れることの方が、被控訴人にとって利益になることは明らかというべきである。
そうすると、コスト面からみて、完全週休二日制の実施に伴うコストを控訴人ら従業員に負わせなければならない実質的根拠に乏しいものといわざるを得ない。
(四) 被控訴人は、本件変更をするに当たり、旧就業規則七条及び労基法九〇条により、組合から就業規則の変更に関する意見を聴いて、これを尊重しなければならない義務があったというべきところ、旧就業規則のどの部分をどのように変更するのか、変更する理由や根拠は何かについて、口頭や文書による説明を全く行わず、変更部分の対照表も交付しなかった上、新就業規則案には一定の事項を他の規定へ委任する旨の条項があったのに他の規定を添付しないで、新就業規則案の内容が一部不明な状態のままこれを組合に提示し、労基署から組合と協議して説明するように指導され、新就業規則を実施する前日に団体交渉をもったものの、その冒頭に、団体交渉をしても無駄であるなどと公言し、本件変更の必要性に関しても、一般論を述べるに止まり、平日の勤務時間の延長が何故二五分間必要であるのか、具体的に説明しなかったため、実質的な協議ができず、継続審議を約した状態のまま、右団体交渉の翌日には、新就業規則を実施したのである。被控訴人は、全信協が冊子管理体制において示した対応策のうち、完全週休二日制の実施は就業管理体制の見直しの絶好の機会であるから従来の土曜日の労働時間をある程度平日の勤務時間の延長で吸収するという対応策及び同友会が極力現行所定労働時間の確保を図ることを基本的スタンスとして土曜日の所定労働時間をできるだけ平日に振り分けるという対応策を取り入れたと思われるのであるが、組合から形式的に通り一編の意見を聞くだけで、既定の方針として、平成元年二月一日から新就業規則を実施しようとしたものであり、冊子管理体制や同友会が注意を喚起した点、すなわち、就業規則の変更を十分熱意と誠意をもって従業員に説明することが肝要であるとか、平日の勤務時間の延長などについては、従業員に経営の実態、労働時間の現状等を具体的に示しながら、粘り強く話合いを重ね、理解と協力が得られるよう交渉に臨む必要があるとの点については全くこれを行わず、実質的には、組合の意見を聴かないまま平成元年二月一日から新就業規則を実施するに至ったものといっても過言ではない。
本件変更は、職場規律に関する部分の変更だけでなく労働時間など重要な労働条件の変更を含む大幅なもので、労働契約に重要な影響を及ぼすことは明らかであり、被控訴人において変更内容を従業員(及びこれを代表する組合)に説明すべきことは、労働契約の当事者として当然であるのに、被控訴人は、本件変更の重要性及び労働条件は労働者と使用者が対等の立場において決定すべきものであるとの原則(労基法二条一項)に対する認識を欠いたまま、性急に新就業規則を実施したものであり、このような被控訴人の組合に対する姿勢は、当時、被控訴人の職場の絶対多数組合であった組合の意見を聴いて真摯に協議し、尊重すべき意見があれば尊重するという姿勢には程遠いものであったといわなければならない。
(1) 被控訴人は、本件変更について組合と協議をした上、組合には十分な時間を与えて意見を聴こうとしたのに、組合が団体交渉の申入れもせず、意見を差し控えるなどと不誠実な態度に終始したため、新就業規則の実施に踏み切った旨主張する。
しかしながら、被控訴人の組合に対する説明は、既に述べたとおりであり、これをもって、本件変更に関して、その内容を説明し、意見を徴するだけの十分な機会を与えたなどとは、到底いえない。なお、被控訴人は、過去の退職金規程の改定の際には、被控訴人から文書で団体交渉の申入れをしたこともあるのであるから、今回の就業規則改定が労働条件の大きな変更であるから、控訴人から団体交渉を申し込まない以上、被控訴人は説明する必要はないということはできない。
(2) 被控訴人は、組合の意見を聞いても、組合は自らの意見に固執し、被控訴人の言い分を受け入れることはあり得なかったと主張する。
しかし、被控訴人は、平日の勤務時間を何故二五分間延長しなければならないのかという点について、その根拠を持って、条理を尽くした説得を全くしていないのであるから、右の主張は憶測の域を出ないものというべきである。被控訴人においては、本件変更時まで五年間、ベースアップがされていなかったこと及び被控訴人は組合に団交を申し入れ、退職金規程を従業員に不利益に変更する協定を締結したことがあることは、既に述べたとおりであるところ、これらの事実は、ベースアップの据置きや退職金規程の不利益変更について、組合の協力と理解があったことを示すものであるといえるのであって、平日の勤務時間の延長について、被控訴人がその根拠を持って、条理を尽くした説得をした場合に、結果としてそれに応じたか否かはともかくとして、組合が被控訴人の言い分に耳を貸そうともしないということは考え難いところというべきである。また、この点はさて措くとしても、被控訴人は、既に認定したような対応をすることにより、自ら組合との緊張対立状態を作り出し、組合の態度を頑なにさせたとも評価することができるのである。
(五) 被控訴人の経営状況は芳しいものではなかったところ、被控訴人が、労働時間の短縮に協力し、完全週休二日制を実現した場合、経営が立ち行かなくなるかどうかについて、綿密な検討をした形跡はないこと(甲二三)、被控訴人が、第二、第三土休に関しては、格別就業規則の手当てをしていないこと、被控訴人は、新たに休日となる土曜日の勤務時間を平日に割り振り、これによって延長された時間を勤務時間とすると、その分だけ時間外勤務手当の支給を免れることから、基本的に右の方法によることにしたものであること、及び既に説示したところによれば、完全週休二日制を実現した場合のコスト面でのマイナス効果は、極めて少なかったとみざるを得ないことからして、被控訴人は、銀行の週休二日制の実施を好機として、時間外勤務手当を削減し、実質的には賃金の切り下げともいえる方法でコストダウンを図ったものと認めざるを得ないのである。
(六) 以上のとおり、本件変更は、その必要性に乏しく、しかも、控訴人らにとって重要な勤務時間及び賃金に関する既得の権利を一方的に奪うものといってもよいものであるのに、被控訴人は、当時、被控訴人の職場の絶対多数組合であった組合の意見を聴いて真摯に協議し、尊重すべき意見があれば尊重するという姿勢には程遠い態度に終始し、実質的には組合の意見を聴かないまま新就業規則を実施するに至ったものと評価することができるのであって、冒頭に説示したような意味における合理性があったものと認めることはできない。なお、本件変更後間もなく、組合から大量の脱退者が生じたが、前記四の事実によれば、その主たる原因は、被控訴人による組合に対する支配介入にあるものと推認される。
7 まとめ
そうすると、本件変更はその効力を生じないものというべきであり、被控訴人は、控訴人らに対し、控訴人らが稼働した午後五時から午後五時二〇分までの間の時間外勤務手当を支払う義務がある。
なお、旧就業規則により控訴人らに第一、第四、第五土曜日における就労義務があるとしても、被控訴人は新就業規則の有効性を主張して、右各土曜日における従業員の就労を受け入れる意思は全くなかったものであり、控訴人らの本訴請求に関して右各土曜日に就労しなかったことは考慮しないこととする。
第三 控訴人らの未払賃金及び遅延損害金について
一 控訴人らの未払賃金
請求原因5のうち、新就業規則が無効とされた場合に未払賃金となる金額については、当事者間に争いがない。
二 遅延損害金
控訴人らは、商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を請求しているが、被控訴人は信用金庫であって商人ではなく(最高裁昭和六三年一〇月一八日第三小法廷判決・民集四二巻八号五七五頁)、かつ、控訴人らの債権は商行為によって生じたものということができないので、控訴人らは、被控訴人に対し、各支払期、すなわち残業をした月の翌月の給与の支払日(弁論の全趣旨によれば、各月二一日と認められる。)の翌日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を請求することができるにすぎないというべきである。
第四 結論
以上のとおりであるから、控訴人らの本訴請求(当審において拡張した請求を含む。)は、右の限度でいずれも理由があるから認容すべきであるが、その余は理由がないので棄却すべきである。
よって、本訴請求を棄却した原判決は相当でないから、これを取り消した上、控訴人らの本訴請求(当審において拡張した請求を含む。)を右の限度で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官瀬戸正義 裁判官小野博道 裁判官土屋靖之)
別紙<省略>